嘘と本当で出来た私
「先輩…」
「あ…由真君。ごめんなさい、先に行っちゃって。」
「あ…いえ、大丈夫です。」
モヤモヤした気持ちのままその言葉が無意識に出てくる。
「由真君…私…嘘つきです。」
背を向けて桜ヶ岡先輩が暗い声を出す。
その背中に掛けるべき言葉が出てこない。
桜ヶ岡先輩はそのまま続ける。
「私は本当は誰とも自然に話せなくて…素直な言葉が出てこなくて…いつもいつも『私じゃない誰か』を演じていて…だからみんな『嘘の私』を『本当の私』だと思い込んでる…」
「で…でも葉音先輩とは普通に話せているじゃないですか!葉音先輩だけじゃない…っ!柊先輩とも上月とも赤城先生とも…それに…俺とも!」
「違うんですっ!私は…いつもいつも演技ばかりで本当に言いたいことも言えないで…っ。演劇部のみんなと話すときもいつもどこか一歩引いていて…っ。…今…っ…今こうして話してる私も…今日由真君と話してた私だってっ…全部…全部嘘なんですっ!『偽物』なんです!みんな…みんな私の人見知り直しに…私が本音で話せるように協力してくれたのに…」
「そんなことあるわけないです!」
「由真君…?」
そう言い先輩は薄っすらと涙を浮かべながら振り返る。
それでも俺は止まらない。
先輩の不安を…自分を否定するようなその言葉を否定するために。
論理的思考だとか説得力だとかそんな言葉は出てこない。
ただただ感情のままに言葉を並べる。
「誰も先輩に『協力』することを嫌がってなんかない!迷惑がってなんかない!俺だって!先輩がこんなにも変わろうと必死だから!だから先輩の力になりたいって思ったんです!今日一日俺先輩と過ごせて楽しかった!先輩の笑顔が見れて嬉しかった!」
「で…でも…それは全部演技で…嘘で…」
「違う!確かに初めは嘘だったのかもしれない!『桜ヶ岡一花』じゃなくて『一ヶ谷咲良』だったのかもしれない。でもそれは本当に初めだけだった!」
「…それって…どういう…」
「先輩は気付いてないのかもしれないけど先輩は途中から普通に『素』の状態で俺と話してた!」
「そ…そんなの…演技かどうかなんてわかるわけ…」
「わかる!分かるよ、先輩!俺はずっと先輩を見てきた。四月からずっと!」
「…っ!」
先輩が顔を急激に赤くする。
だが、俺は止まらない。
「だから、自分のことをそんなに否定しないでください!『演技』の先輩も『素』の先輩もどっちも桜ヶ岡先輩です!先輩の努力の結晶なんじゃないですか!どっちが嘘でどっちが本当かなんて関係ない!少なくとも俺はどっちの先輩も好きです!だから…」
大声を出し過ぎたせいか喉が痛い。周りからの視線が俺に集まっているのが分かる。
でも…そんな事構うものか…!
目の前の苦しそうに泣いている先輩を救うことが出来るのなら…!
「だから俺は絶対に先輩の傍から離れない!先輩の隣に立ちたいから!」
それは俺の人生で初めての告白だった。
当然今日告白するなんて考えてもいなかったから告白の言葉なんて当然考えてなかった。
しかもムードなんてあったもんじゃない。
感情に任せて言いきってしまっただけ。
でも不思議と後悔はなかった。
俺の『告白』を聞き先輩は驚きに目を開く。
「ゆ…由真君…私…このままでもいいんですか?本音なんて上手く言えないし、なにかになりきらないと普通に人前に立てない。…そんな私の…傍にいてくれるんですか…?」
「当たり前じゃないですか。俺は先輩が嫌がるまでずっと傍にいますよ。」
「ふふ…それストーカーみたいですよ?」
そう指摘されてようやく自分の発言に問題があったことに気付く。
「や…ちがっ…」
「わかってますよ、そういう意味で言ってるわけじゃないって。でも…そっか…こんな私でも…」
そこまで言って先輩は口を紡ぐ。
そして赤い顔で微笑む。
「由真君…いえ、朝陽君。」
「先輩…」
「この一週間特訓に付き合ってくれてありがとう。もう特訓は今日でおしまい。」
その言葉を聞き熱くなっていた頭が急激に冷めていく。
「なっ…なんで…」
やはり俺じゃダメだったってことか…?
先輩の力になるなんて…
「さあ!明日から忙しくなりますよ!私の特訓に使ってた時間を朝陽君の特訓に使わないといけないんですから!」
「えっ!そ…それってどういう…」
「朝陽君は私の隣に立ちたいんでしょ?だったら次の講演までにメインの役に選ばれるように頑張って練習しよう。私もヒロイン役に選ばれるように頑張る!」
そう言い先輩はニコッと笑う。
そこまで言われてようやく気が付いた。
先輩が思い違いをしているということに。
先輩は俺の言葉を『告白』だなんて思っていない。
確かにはっきり『好き』だって言わなかった俺も悪いけども…!
でも俺の人生で初めての告白だったのに気付いてもらえないなんてあまりにも報われなさ過ぎる!
だけど……
「まあ、いっか…」
今日一日で今まで知らなかった先輩を知ることが出来た。
でも、それは本当に先輩の一部で…
まだまだ知らないことも多い。
俺は四月に入部してからずっと先輩を見てきた。
だが、実際に会って会話を交わすようになってからはまだ一週間ほどしか経っていない。
これからも告白する機会なんてある。
タイミングが悪かったんだ。
今は告白のタイミングじゃない。そういうことだったんだろう。
「なにが『まあ、いっか』?」
こうして『一ヶ谷咲良』の敬語口調がなくなって普通に話してくれる…今はそれだけでいい。
これから桜ヶ岡先輩のことを色々と知っていけばいいんだから。
「なんでもないです!」
なんだか照れくさくなって大きく声を出す。
「明日からビシバシ特訓してください!」
いつか桜ヶ岡先輩の隣に立つその日まで今は走り続けるしかないんだから。