孤独の花
桜ヶ岡先輩の話を聞いてから数時間が経過した。
考え事をしていたせいかあれからどの動物を見て回ったかのか覚えていない。
『ごめんなさい、変な話をして。』
『やっぱり私はダメなんです、この一年佳木先輩と葉音ちゃんに色々特訓してもらって…新高君にも由真君にもたくさん協力してもらって…でも今もこうして『桜ヶ岡一花』じゃない誰かになっていないとまともに話も出来ない。だから…だから私は…』
「由真君?」
あの言葉が耳から離れない。
あのとき俺は先輩のその言葉を聞き否定も慰めの言葉をかけることも出来なかった。
あの悲しそうな表情を浮かべる先輩の助けにはなれなかった。
出会ってから一週間しか経ってない俺に出来ることなんてなかった。
「おーい、聞こえてますかー?」
先輩はこんなにも変わろうとしている。
なのに俺は自分を変えたいという淡い幻想を抱いているだけで部活以外の時間に努力することもなく今までの生活を続けているだけ。
こんなんじゃ桜ヶ岡先輩の隣に立つ資格なんて……
「由真君ってば!」
「うおっ!」
いつの間にか先輩の顔が近くにあり、慌てて距離を取る。
周りを見回すといつの間にか動物のゾーンが終わり、辺りには淡い光に照らされた多くの花々が広がっていた。
時刻は六時過ぎ。
花を照らす夕日ももう隠れようとしている。
「由真君どうしたんですか?ずーっとぼーっとしたままで話しかけても生返事だけで…。体調が悪いのなら言ってください!」
「すみません!せっかくの『特訓』なのに俺…」
そうだ。これは『特訓』だ。自分で言ってて悲しくなるけど…
なのに午後の三時間ほどもあった時間を見事に某に振ってしまった。
一度考え込むと周囲のことが目に入らなくなるのは俺の昔からの悪い癖だ。
「私は大丈夫です。それに『特訓』…じゃないですよ?」
そう言って桜ヶ岡先輩はいたずらっぽく微笑む。
『特訓』じゃないって……それってどういう…
「先輩…それって…」
その意味を問おうと顔を上げるとそこにはもう先輩の姿はなかった。
この時間になっても人は多い。
さすが人気デートスポットだけのことはある。
周りはカップルだらけ。
その中に一人で立っている俺は完全に周りから浮いていた。
「そうだ…!先輩は…」
俺は桜ヶ岡先輩の連絡先を知らない。だから今はぐれるのはマズい!
ここから見回せる範囲には先輩の姿は見えない。
今の一瞬でいなくなったんだからすぐ近くにいるはずだ。
近くを見回しながら早足で歩く。
そこでふわりと五月の暖かな風が吹き抜け花の香りが辺りに広がった。
無意識に風上に目を向けるとそこに俺の探し人が立っているのを見つける。
他の花壇に比べひと際大きな花壇の前に立った先輩の艶やかな髪が風で揺れた。
傾きかけた夕日が先輩を照らす。
「桜ヶ岡…先輩…」
ここから見えるその横顔を見た瞬間俺は先輩の元に向かいかけた足を止めた。
その顔はなんだかとても悲しそうで、寂しそうで……
その姿ははははどこまでも儚く、美しく———そして孤独だった。