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山荷葉せんぱいと凡人くん  作者: 成浅 シナ
15/18

はじまりの物語

「由真君…」

 昼食を食べ終えランチボックスを片付けた後、食後の休憩ということで昼食を食べた広場のベンチでお茶を飲んでいると桜ヶ岡先輩が真剣な声色で俺を呼んだ。

「なんですか?」

「由真君はどうして私に構うんですか?」

「え…?」

 それは…もしかしてあれか?

 先輩は今日がとても嫌でもう構わないで欲しいという…

 ヤバい…泣きそう…

 

 そんな俺の顔を見てか桜ヶ岡先輩は慌てたような声を上げた。

「あ!違うんです違うんです!構ってほしくないという意味じゃなくて…どうして特訓に付き合ってくれるのかなって思って…由真君は関係ないのに…せっかくの休日に付き合ってもらっちゃってるのは迷惑だったかなって…」

「全然迷惑なんかじゃないです!」

 とっさにそう言う。

 でもこの言葉に嘘はない。

「俺、本当に今日先輩とここに来れてよかったと思っています!まだ先輩と知り合って一週間くらいしか経ってないけど…先輩のことまだまだ全然分かってないけど…!でも今日こうして先輩とたくさん話せて演技するときのポイントとかも教えてもらって!本当に退屈しなくて!楽しくって!だから…先輩のこと…もっと教えてください!!」

 そこまで言ってから今の自分の発言を後悔した。

 先輩の思い違いを否定することに必死で感情の赴くままに大声で言葉を並びたてて…

 もっと教えてくださいって…ストーカーみたいな発言になってしまったかもしれない。

 その証拠に先輩はポカンと口を開けている。

 ヤバい…ひかれたかも……

「せ…先輩…今のは変な意味じゃなくてですね…」

うんうん唸りながら必死に言い訳を考える。だが自分で思っているよりテンパっているのか頭が真っ白だ。

「由真君…」

「は…はいっ!」

 真剣な表情を浮かべた桜ヶ岡先輩に名前を呼ばれ声が裏返る。

 だが、先輩のその済んだ色の目から視線を逸らすことが出来ない。

 

 そして、先輩は小さく深呼吸をすると意を決したかのように口を開いた。

「私の話聞いてくれますか?」

「…話?」

「私が『演劇部に入ろうと思った理由』について…です。」



 俺が頷くと先輩はゆっくりと話し始めた。

桜ヶ(さくらがおか)一花(いちか)の『始まりの物語』を………



              ❁



 私は昔から引っ込み思案で自分の思っていることを言葉にすることがとても苦手な子供でした。

 物心がつく頃から今まで誰かと仲良くしてきた記憶はなくて、暇があれば本を読んだり、児童向けのアニメを見たりしていました。

 当然ながら『友達』と呼べるような存在もいません。

 私の両親は外に遊びに行こうということもせず、学校に行くとき以外はずっと家で一人で過ごしている私をいつも心配していました。

 学校では授業を受けるだけ。誰かと話すこともない。

 

初めのうちは一人でいる私を気に掛けてくれたクラスメイト達が話し掛けてくれたり遊びに誘ってくれたりしたんです。

 でも、いざ誘われるとどう返事をしたらいいのか分からなくて言葉が思うように出てこなくって…

 心の中ではフラットに返事が出来るのになんで上手く行動出来ないのか…そう思ってたんです。

 当然そんな生活を続けていたら人とどう接すればいいのかがわからなくなりました。

 『友達ノート』も何冊も作ったんです。

 その人の好きなものとか興味のあることとかを書いてそれをどう言えば上手く会話が出来るのかということを考えて台詞をノートに書いていったんです。

 事前に考えておけば上手く会話が出来ると思って…

 家でも一生懸命練習しました、一人二役も三役もこなして…

 はたから見たら完全にただの不審者ですよね?精神科に連れていかれてもおかしくはありません。

 でも当時の私はそうすればいつか普通にクラスのみんなと話せるようになるって信じてたんです。

 結果は全然ダメでした。

 いざ話そうと思ったら体が動かなくって…


 中学校のときです。

 文化祭の出し物で演劇をすることになりました。

 なにを思ったのかクラスの文化祭の企画係の人が配役はくじで決めようって言いだしたんです。

 みんなも面白がって同意しました。

 舞台に出る人なんてごくわずかなんだから大丈夫だろう…そんな甘いことを考えてたんです。

 

 ここからの流れはご想像の通りです。

 よくある展開です。

 私は『ヒロイン役』に抜擢されました。

 クラスメイト達の不平不満が飛び交いましたがくじで決まったことは絶対だとくじ引き前に決めていたことなのでやるしかなかったんです。


 せっかくの文化祭。私のせいで舞台を台無しにしてはいけない。

 その一心で毎日毎日家で練習しました。

 

そしてクラスでの練習日。

私はその登場人物になりきって台詞を読み上げました。

でも、気が付いたらいつも何かだんだんとクラスが騒めいてたんです。


なにか間違ってるかな?

変なことしたかな?


 クラスメイト達の視線に押しつぶされそうになっているとクラスの女の子が私に言ったんです。


『一花ちゃん!すごっくお芝居上手なんだね!絶対将来は女優さんになれるよ!あたしが保証する!』


そこで私は初めて気づきました。

自分じゃない他の人になりきっていると普通にクラスメイトに接することが出来ていることに。

 

 もしかしたら私は変われるかも。

 

 でも、変わったのは演技をしているときの私だけ。

 『本当の私』は今まで通り人と話せなくて、なにも変わってなくて…

 練習していくたびに演技はどんどん上手く出来るようになったけど『本当の私』からはどんどん遠ざかって行く…

 だから、もっと頑張らなきゃって…努力はきっと裏切らないから…

 いつか他の登場人物じゃなくて桜ヶ岡一花のままで振る舞える…そんな日が来ると信じて。

 だから、七十年もの伝統があるという強豪の演劇部があると噂の私立明吹大学付属高等学校に入りました。

でも、なかったんです。演劇部。

ちょうど私が入ったときは先輩が抜けた後で既定の人数に達してなくって休部中だったんです。

 でも、もう一度舞台に…

 その一心で先輩と人数集めをして赤城先生に頼み込んで…それでようやく舞台に立てたのが……


…入学式の日の歓迎講演だったんです。


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