46
初めて彼女と出会ったのはここだった。
島の南岸を通るアップダウンの緩やかな快走路をずっと進み、脇の道に入っていくと
まるで誰かがくり抜いたかのような直径5m以上の正円の穴があり、それを数十m降りると大空洞に出る。
ここで彼女に出会い、ここで彼女を庇いながら戦い、そして…… 彼女の亡骸が今ここにある。何事にも始まりと終わりはあり、どちらもある日唐突に自分の前に突き付けられる。
「初目…… ここならもう誰もお前を傷付けはしないよ…… もう誰も。皆もここにいる。皆一緒なら怖くないだろう……?」
そう言って麓孫は横たわる初目に問いかけ、その周囲に目を向けた。
様々な老若男女の、いや老若男女だったものが横たわっていた。麓孫が島中を探し、回収できる範囲で集めたスナジリア島民たちの遺体だった。中には腕や、足だけという者たちも。
「ナターシャ、林寺、波多野、ピコ老婆、ザイカ、ヒルニ、ミヨル、フロッツォ、リルケ、ミラー、ムスコ部屋の男たち…… 皆いるから。皆一緒だから」
そういって麓孫はその場にへたり込んだ。もうじき駿河八甲国軍の地上部隊がこの島にやって来る。
今の手負いの自分では、おそらく生き残れない。それを麓孫自身わかっていた。
だが、それでもやる。最後まで、この命が尽きるまで殺す。裂く。割る。貫く。刺す。斬る。戦うッ!! それが何も護ることのできなかった愚かな自分の使命であると思うから。
『このまま死ぬつもりですか?』
「……」
『彼奴らとこのままの状態でぶつかれば間違いなく死にますが……』
「……そうだな。だが他にどうしろと? どこかに逃げて隠れて惨めにやり過ごすか? ハハッ! ならいっその事このまま死んでやる!」
『……もう一つ方法があります』
「なに?」
唐突なジッキン=ゲンの一言。すると【鷹】から麓孫へある情報が送信され、その情報は視界スクリーンに表示された。
「これは……」
『古肚殿は【伍煙草】の上脳指揮権と共にこれらもあなたに託したようですね』
「肆扇と陸座頭の上脳指揮権、だと? それにこれは研究記録? 『ソラリス・ウィルス』? なんだこれは……」
『持てる全てをあなたに残し、彼はこの世を去ったということです』
そこに書かれていた内容はあまりにも倫理からかけ離れた行為であり、生命に対しての冒涜だと言わざるを得なかった。
「俺には無理だ…… こんな事できない! 俺には、できない」
『生きなさい』
「……は?」
『これはあなたの責務です。生きて戦い続けなさい』
こいつは、何を言っている……。
『あなたはあの時ミス・キエローに対してこう尋ねましたね? “お前はなんのために戦う?”と』
その通りだ。あの時、あの言葉に初目が答えてくれたからこそ今の自分がある。
『肆扇殿も陸座頭殿も悩んでおられました。自分の存在理由やいつも何かの奴隷である事に…… あなたもそうだったでしょう?』
「……」
『“何故こうも戦うことを運命づけられているのか? それが無くなったあとは? 戦場という自分の居場所を失くしたあとは?“そんな苦しみに縛られ続けたあなたを解放したのはミス・キエローだった』
そうだ。“誰かのために戦う”という考えを初めて麓孫は彼女から教わった。
『そしてミス・キエローもまた戦っていた。自身の出生や周りとの関係、自分自身と……。あなたも教わったはずです。人は誰しも戦いながら生きていると。ミス・キエローのあの状態をあなたも見たはずです。おおよそ常人なら意識も保てず発狂するような痛みの中で、彼女は自身の両足であなたの元まで歩いてきました』
「……」
『それがどれだけの覚悟と思いのもとで成された所業なのか、私では検討もつきません。しかし、彼女の中ではきっと理由は一つだけだったんでしょう。なぜ彼女があなたの元まで来れたのか? 彼女がなぜ倒れずに進むことができたのか?』
枯れたはずだった。なのに麓孫は両目に溢れる熱さを確かに認識していた。
『あなたにただ生きていてほしかったからです。彼女は最後、そのためだけに戦っていたのだと思います』
い…… き、て……。
彼女の最後の言葉。
《初目もそうじゃよ。それでも、あの子は戦っているのじゃよ。強い信念を持った子じゃ》
シルク老人の言葉がふと浮かんだ。
「信念……」
『彼女が“生きてほしい”と必死に願ったあなたが、なんで死のうとしているんですか!?』
この少女の笑顔を守ろう。
それを今日から『信念』と呼ぼう。
『どこかに逃げて隠れて惨めにやり過ごす? あなたが望むなら構わないッ! 死ぬよりは何倍もマシだ! ミス・キエローの想いを踏みにじるより何百倍もマシだッ!!』
麓孫に出会えてよかったと思ってる……。
『だが、あなたには戦う力が残っている…… なら、立ち上がりなさい』
麓孫は…… 私のために戦ってくれるの?
『惨めでも良い! 外の道を行ったって構わない! 傷だらけでも良い! 戦いなさい! そして生きなさいッ!! 彼女の想いを胸にッ! それが……』
ねえ…… 麓孫……
ありがとう。おやすみ。また、明日ね。
『それがあなたの“信念”なんでしょう!?』
麓孫は横たわる初目の遺体に目を向けた。目を覆いたくなるような凄惨な彼女の姿に強く、大きな悲しみが押し寄せる。だが、
「初目、皆すまない…… 許してくれ……」
今にも掻き消えそうな声で、哀願にも近い声で、どこか覚悟のある声で、
「弱い俺のためにもう少しだけ力を貸してくれ」
麓孫は言い放った。
彼が今からする事は途方もなく非人道的で、死者の尊厳を踏みにじる行為であろう。しかし、麓孫の中で揺らぐことのない決断が下された。
最後に麓孫は彼女に向き直り、
「初目、俺は生きるよ。そして、愛してる……」
この島では毒ガスの研究以外に、他にも細菌兵器やウィルス兵器も研究・開発されていたらしい。古肚が麓孫に託した情報の中にもそのようなデータがあった。
研究段階にある細菌兵器やウィルス兵器の研究について言及されているものもあり、記載されていた『ソラリス・ウィルス』という研究記録の症状にはゾンビ化に近いものがあった。
そこに【伍煙草】の生体ナノマシーンを織り交ぜた。
島民たちの遺体、機械兵の残骸、ソラリス・ウィルス、六縁機の力……
条件は揃っている。
《上脳指令:*//“固有加護”ノ付与》
《下脳受領:*//“加護”ノ展開ヲ確認》
《上脳指令:*//“加護ノ投影”ヲ展開/“甲第04号”“甲第06号”》
《下脳受領:*//“甲第04号”“甲第06号”ノ展開ヲ確認》
陸座頭のクラス加護『安全陣地の作成と確保』で地下工房を作成、肆扇のクラス加護『子孫と文明の繁栄』で機械兵の残骸を使い、島民の身体を一から作り直し、不足している臓器やパーツは弐鷹と伍煙草のクラス加護『知覚や能力の上昇』を使い、ナノマシーンで形造った臓器やパーツの機能の強化を図った。
最後に生体ナノマシーンを織り交ぜた「ソラリス・ウィルス」を“彼ら”に投与した。
繭のような薄膜の張った50以上のカプセルが地下の大空洞で広がっていた。
カプセルからは生命の息吹と無機質な機械駆動を想起させる胎動の音が聞こえてくる。
すると、それらに変化が起き始めた。
次々とカプセルが破裂し、たちまちに崩壊していくのだ。
まるで世界の命運を背負うように裸の老若男女がそこにいた。
そして彼らの視線は奥にいる崩れかけた玉座を思わせる機械残骸に鎮座する一人の影に注がれ、集中した。
「おはよう。みんな」
麓孫はただ一言そう呟いた。




