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『投下30秒前。スナジリア島上空に脅威なし』
『こちら1番機、準備よし。』
『5秒前…… DROP READY…… NOW』
『着弾!! 標的残留施設である毒ガス工場の破壊を確認!!』
『了解。このまま第二段階に移行する。熱源を常に確認しつつ縁機2体を認識した上での空対地ミサイルによる精密爆撃を続けろ。消し炭になるまで続けるんだ』
『了解』
『……よし。続いて第三段階に移行する。“証拠隠滅”として絨毯爆撃を開始せよ。例の“アレ”を使え』
「逃げてえッ!! 早く!! なるべく地下にッ!!」
ナターシャがそう叫ぶが周囲の人間は耳を貸そうとはしない。
半狂乱になって逃げ回る者。あまりの恐怖にその場にうずくまり頭を抱えてガタガタと震える者。友人が、家族が、恋人が突如として始まった爆撃に焼かれ、粉々になるという信じられない光景に思わず笑ってしまう者までいた。
ナターシャたちは麓孫たちが古肚の元へ向かった後、いくつかの班に分かれ、拠点の外にある地下避難壕に移動している途中だった。
そんな折に突如として現れた爆撃機によって現在の苛烈な状況が生み出されたのだった。
「待ってそっちに行っちゃダメ!」
ナターシャの制止の言葉も耳には届かず、混乱しながらただ逃げ回る島民たち。ナターシャは咄嗟に近くで蹲っていた子供たちの手を掴み、強引に立たせた。
「こっちに来て! 地下に逃げるのよ! 避難壕に急いで!!」
泣きわめき、粉々になって動かない“母親だった残骸”の傍で叫ぶ子供を、糞尿を垂れ流す子供を、呆然自失で空を見上げる子供をナターシャは背負い、引っ張り、従わせ、何とか避難壕の中までたどり着いた。
「もう大丈夫…… 大丈夫よ……」
ナターシャはそう言うと子供たちに向き直った。皆一様に泣きじゃくり、「お母さん」と声に出して呼び続けている。しかし…… 彼らの母親が、家族が、友人がどうなったかもわからない。おそらく、もう――。
その時だった。
「きゃあああッ!!」
避難壕の奥から悲鳴が聞こえた。私たちの他にもこの避難壕に入っていく者は多くいた。その彼らに何かが?
「毒ガスだぁッ!」
……ッ!! なんでそんなものが!? いや…… そういえば本格的な爆撃が島全体で始まる前に毒ガス工場のあたりから大きな爆発音が何度も響いてきていた。まさか工場にあったガスが漏れ出たの? それが山頂から下まで降りてきて、通気口に侵入した?
だとしたらここにいるのも危険だという事になる。
ナターシャが動揺した素振りを見せていると、奥からぞくぞくと避難していた島民たちがナターシャたちがいる出口の方に駆けて来る。
「ここにいては危ないなら出るしかッ!!」
といっても外部ではいまだに轟音が鳴り響いている。逡巡するナターシャはそこで思考が停止しかけた。不安げにナターシャの顔を見上げる子供たちをどうすれば守れる? どうすれば……。そんな思いだけがぐるぐると回って頭から離れなかった。
そして、非情にも地獄のようなこの状況において、そのような迷いは損失しか生まなかった。
空からの爆撃によって避難壕の出口が崩落したのだ。奥から迫りくる毒ガスから逃れるために出口に殺到した人々が金きり声をあげながら崩落した壁に潰された。
(しまった!!)
判断の遅れたナターシャたちは外に逃れる事もできなくなってしまった。瓦礫を除ける? いや、そんな時間が果たしてあるか?
「うおぉえッ!!」
ナターシャのすぐ後方にいた男性が突如として吐血した。
「いや…… 待ってそんな……」
ナターシャ、怖くてたまらなかった。男性はみるみる内に全身に赤い斑点が浮き出て、目は充血し、カチカチと震えながら「寒い…… 寒い……」と言い始めた。それに続くように傍らの子供たちにも同様の症状が現れ始めた。
「お姉ちゃん…… なんか体が痒いよ……」
「……ッ!!」
どうすれば……。どうすれば良いのよ……。
その次の瞬間だった……。
ナターシャの頭上から何かが地中を貫通して落ちてきた。
「これってッ…… 爆ッ……」
ナターシャは結局この局面において何もできなかった。ただの一つも……。
ゲロゲロと吐瀉物をまき散らしながら体を痙攣させ、白目を剥いて倒れ伏す子供たちが視界に入る。
「ははッ! ははははははッ!」
あは八ハハハハハははっハハハハハっハハハハハハハハハハハハハハハはっははははっはははははははははははははははっははははははははははあはははははははははははあはははははははっはあっははははっはははははははははははははははははははははははッ!
そのままナターシャは壊れゆく精神に身を委ね、爆発の光に包まれながら自分の無力、そしてこんな事を自分たちに行う世界を憎む事しかできなかった。
波多野は爆撃に見舞われ、自分の足首から先が吹き飛んだことに一瞬気が付かなかった。
「うそでしょ……? くそッ!」
しかし、波多野は自分の重傷をすぐに捨て置き、現状の整理に努めた。波多野は一昔前(見た目は若いが不老手術を受けているため、見た目に反して歳を取っている)に駿河八甲国軍において情報将校という立場にあった経歴を持つ。そんな常に酷な現場にいた波多野がこの状況を見て真っ先に出した結論は「政府は縁機を自分たちごと処分するつもりだ」というものだった。
「ヴオエェッ!!」
思考を巡らす波多野は突如として激しい嘔吐に見舞われた。
(これはまさかッ! 毒ガス!? 山頂の工場から風で降りてきたのッ!?)
だとすればまずいこの位置は完全に風下だ。ここにいたらその内、全身にまわった毒で身動きも取れなくなる。ともすれば、というよりも確実に御陀仏である。
だが、足を失くしてはそれも難しい。非難壕に入っても、おそらく無駄だ。この島の避難壕は古いタイプのもので、ロクな空気清浄機能がついておらず、毒ガスを浄化しきれず、最悪はガスの充満した地下で苦しみながら死ぬ事になるかもしれない。
であるならば、例え這ってでも風上に行かなければならないだろう。
その時だった。頭上で何かが――。散乱した。
収束黄燐焼夷弾という爆弾がある。胴体の筒部が落下中に開き、そこから小さな焼夷弾が散らばり無差別に敵を攻撃する。今回このお世辞にも新しいとは言い難いタイプの爆弾がこの島において地獄のような光景を作り出している。
散らばった無数の焼夷弾は直後に火炎をまき散らし、それは森へと広がり火災を発生させた。これでは逃げ道が……。
「……ッ!! げほッげほッ! くはッ!?」
発生した火災と黄燐焼夷弾から気化したリンや、燃焼ガスの五酸化二リンが彼女の呼吸器管に重大なダメージを与えた。
呼吸がッ!? 呼吸ができない!! 必死に息を吸い、吐こうとする。しかし、彼女の身体に様々な異常が発現した。
「~~~~~ッ!!!?」
波多野は驚愕した。“自分の口から出て来たモノ”に。
波多野は口から何か白濁とした、蛇の皮のようなデロデロしたものを垂らしていた。彼女はそれが己の傷ついた食道の粘膜だという事にはすぐには気づかなかった。
「ぐほッ!! がッ!!」
何が原因で外に剥きだしになったのかもわからない食道の粘膜をどうする事も出来ず、呼吸も疎かになった彼女はそのまま倒れ伏した。
そこへ無慈悲に追い打ちをかけるように空から焼夷弾が投下され、波多野が巻き込まれる形となった。
「あついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついッ!!」
火だるまになる波多野は自身の肌が焼け焦げ、頭髪は溶けて、皮下の肉がどんどん露わになっていく過程をその目にまざまざと刻み込んだ。
「いや…… 死にたくない…… くッ! があッ!!」
そう言い残し、波多野は炎に飲み込まれていった。




