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「ここは…… どこだ?」
《上脳よ、意識を取り戻しましたか! よかった……》
「現在地は、あぁ…… クソッ! 肩がッ…… ジーン、ここはどこだ?」
そう言葉を発した麓孫の傍には共に墜落した古肚が横たわっていた。腰部や他に重大な損傷が見受けられ、立つ事はもちろん指1本動かせないようである。
島の中央に墜落した2人は毒ガス工場の壁面を突き破り、内部の計器類を蹴散らしながらゴロゴロと転がっていった。麓孫も古肚も互いに瀕死の状態ではあったが一命は取り留めていた。内壁にぶつかり、床を弾み、身体を擦らせながらようやく彼らは静止したのだ。
「ようやく、終わった……」
まだまだ損壊侵度の修復もままならない中、麓孫に対して向けられたその言葉はどこか安堵したような声音だった。麓孫は古肚に目を向け、
「意識を取り戻したか」
「……」
古肚からの返答がない。
「なぜ『最終解決』を使わなかった? そう何度も連発できないとは言え、十分なインターバルは置いたはずだが」
「さあな、もしかすると、この状況を心のどこかで望んでいたのやもな……」
小さく掠れる彼の言葉に麓孫は、
「古肚よ――なぜ“暴走”するまでに至ったのだ お前のような男が、なぜ」
麓孫の問いかけに古肚はまたも沈黙で返す。ここでの沈黙がどういう意味を持つのかはわからない――ただ自分如きでは推し量ることのできない事実があるのかも。
麓孫は床に腰を落ち着ける。ザラザラとした感覚が尻に伝わる。周りを見渡すと意味のわからないメモリ、ぐにゃりと曲がったパイプなどがある。
「なぜあの時、俺を、襲ったのだ。なぜ」
麓孫は己の中にあった大きな疑問をようやく言葉にでき、つかえが取れたような気分だった。
「……お前だけは、殺せな、かった」
「どいうことだ? 何があってあんな……」
すると古肚はゆっくり語り始めた。
「……駿河政府から、密命が下っていた。17年前、傾国との戦争において我が国もまた大きくその国力を落としていた。2国間でなし崩し的に休戦へと進み始めたのもその時期だった。両国とも全てを戦争にまわした事で国内に深刻な食糧不足や激しい貧富の差が表出していたのだ。傾国は強大な戦闘力を誇る六機の縁機を前に多くの兵力をすり潰され、その国力も大きく消耗し、駿河は敵の物量と【六縁機】の運営維持に手を焼いていた。そんな折に休戦派が次々と名乗りを上げ、協定の締結の目途も立てられた。あることを条件として……」
「条件?」
「協定を結んだ駿河政府は“縁機の休止、封印、最終的な破棄”という協定内容を承諾した。つまり実質的な俺たち“六縁機”の殺処分が決まった訳だ」
「俺たちが……」
「そしてその任を担う者として私が選ばれた…… 私の持つ【伍煙草】の力を見て白羽の矢が立ったのだろうな……」
古肚の声が少しずつ力を失っていく。もう彼奴の灯火も消えかけているのかもしれない。
「セキと千造をお前は……」
古肚は答える事はなかった。まるでそんな質問は何の意味も持たないと暗に突き付けられたような気さえした。
「麓孫…… お前は、本当に強くなったな。安心しろ、あの少女に危害は加えていない。妙な手袋をしていたのが少し気にはなったがな」
「……そうか。ならばお前はなぜこんな事を。いや今回の事だけじゃない。17年前のあの夜から、ずっと。なぜ俺を殺さず生かしたままにした? なぜ【ジッキン=ゲン】を見逃した? なぜ…… こんなになるまで……」
ズタボロの古肚を見て麓孫はなんともやりきれない気持ちになった。
「お前が…… 弟のように大切だったからだよ」
「……ッ!?」
「お前だけは殺せなかった。セキを討ち、千造をこの手にかけたその時から自分の中に処理しきれないエラーが蓄積していき、それは徐々に私を追い詰めていった。そんな中でお前までこの手にかけるなど、私にはできなかった。結果的にエラーが溜まり意識を体に奪われ、政府から下った『工廠防衛任務』を律儀にこなす人形に成り果てた。……麓孫よ。私がお前に初めて会った際にかけた言葉を覚えているか?」
「『煙草と鷹の共通点は何だと思う?』と質問された。あの時の事は今でも思い出される。おかしな奴だと、若輩ながら思ってしまった」
「あぁ、そうだったな。私はその時のお前の答えを痛く気に入ったんだ。『どちらも空を昇るものだ』という答えが。確かにそうだ《煙草》と《鷹》、どちらも空を昇る。何にも縛られず、何にも邪魔をされずに…… それがどれほど美しいか、今なら分かる。今の私は柵だらけだよ。17年前のお前も、そうだったろう? なあ麓孫よ…… 」
「ああ、そうだな」
「そうだ…… あの娘に会ったら伝えてくれ。『私の自殺に付き合わせて、すまなかった』と。お前にも謝らんとな。すまなかった」
「古肚……。お前は死にたかったのか?」
「ああ。もう生きていたくない。仲間を手にかけ、柵から脱する事もできないこの命など、もういらない……」
「古肚よ! ……俺は、お前を許さないぞ! 1人で抱え込み、こんな結果を招くまで自分を追い詰めたお前を。俺は許さない……。『すまなかった』だと? そんな言葉など欲しくない」
「そうか……。お前は本当に変わったんだな」
「ああ。色々な出会いがあったよ」
「それは、よかったな……。麓孫よ、実はお前に伝えねばならない事がある。もう私には時間がない……。耳を貸せ」
古肚の声からはもう幾ばくの猶予もない事が明白だった。空気が抜けて萎んでいくように彼の生命は終わりに向かっている。
麓孫は古肚の口元に己の顔を寄せた。
「この島にはまだ……」
古肚が語り始めたその時だった。
麓孫は彼らがいる工場が、いや、スナジリア島全体が震えている事に気がついた。空気がピリつき、張り詰め、その後のどうしようもなく不吉な出来事を想起させる。
どこからともなく唸り声のような音が聞こえてきた。
それは徐々に大きく、はっきりとしたものになっていく。
そして……。
次の瞬間に爆発音と共に建物の屋根が崩落し、麓孫の視界は暗転、意識は突如として失われたのだった。




