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夜が明けはじめていた。早朝の朝日がまぶしい。
拠点から南東に1㎞以上離れた所には寂れて久しい廃墟群が存在する。先日は機械兵が拠点に侵入した際に利用した避難通路はここに繋がっている。麓孫はそこにいた。
今思えばおかしな事だったと麓孫は気づいた。機械兵はなぜあの通路を発見するに至ったのか? 偶然にしては出来過ぎている。ただ、以前に観測室から古肚を確認した際にブリップが示していた座標と一致していることから古肚が奴らを招き入れたのではと麓孫は思っていた。
「そうなのだろう? 古肚よ」麓孫は目の前の瓦礫の頂上に立つ、腕を組んだ1人の男を見据えてそう言い放った。古肚は答えない。肯定と受け取る。
「初目はどこだ?」古肚に尋ねる。これにも応答する素振りを見せない。
古肚は駿河軍組織の改革論者であり、麓孫ら『六縁機』は古肚に集められたチームであった。新たな人材を探していた際に彼は麓孫を紹介され、異例の抜擢で引き入れられたのだ。
古肚による適正検査によって意味の分からない質問をされ、適性を認められたあの日の事は今でも思い出される。現場では問題視されがちな麓孫の独断行動や越権行為などの際には後ろ盾となり、常に自由に動かしてくれた。適切な距離を置いて見守ってくれる古肚を麓孫は歳の離れた兄か、もしかすると父親のようにも思っていたかもしれない。
「そんなあんたが何故こんな事をする!? 一体に何があった!?」古肚はやはり答えてくれない。麓孫は今の古肚に強い違和感を感じていた。これが本当にあの『伍煙草の古肚』なのか?確かめる術はもはや1つしかない。
「疾ッッ!」麓孫は駆けた。
【鷹】の力によって尋常ならざる力が足腰の人工筋肉に伝わる。縮地の域まで達している麓孫の瞬脚術はいとも簡単に古肚の間合いの内にその身を運んだ。
だが、やはり古肚……。
麓孫の渾身の右拳を容易に避けて見せた古肚はガラ空きになった相手の脇を右肘で打つ。麓孫のガードがワンテンポ遅れていれば強化骨格とはいえやられていただろう。地に足を付けた麓孫が地面を抉った。再度の跳躍を敢行した麓孫が身を捻りながら左足の蹴りに飛躍の勢いを加算させる。重量級の蹴りが古肚の後頭部にヒットした。だが、固い感触が下腿部に残る。
【伍煙草】だった。古肚はすでに己の戦略兵器を解放していたのだ。堅固なその阻害物は古肚の頸部から後頭部を覆うように守っていた。阻害物は麓孫が脚を引っ込めると途端に姿を煙のように変え、そのまま古肚の周囲を漂っている。麓孫はこの正体を知っている。生体ナノマシンだ。
「俊敏性、堅固で突き崩せぬ防御…… 【テキスト=イーター】の守りは健在だな!」
すると、古肚が何かを口に咥えた。煙草だった。だがしかし、麓孫はその正体に気づいていた。
《上脳指令:*//“クラス加護”ノ付与》
《下脳受領:*//“加護”ノ展開ヲ確認》
古肚が唱えた。彼奴が咥えている、あれこそが彼奴自身の機体。
【伍煙草】・識別名称・『テキスト=イーター』である。《第二正規番台》と《第五裏番台》は「知覚・能力の上昇」のクラス加護を司っている。古肚は先ほどの麓孫が披露した瞬発移動を遥かに凌ぐ歩速を見せた。
寸毫を万に割るその速さは彼我の距離を一気に縮める。麓孫が再び間合いを取ろうとするが、その機会はすぐに削られ拳闘合戦にもつれ込んだ。
古肚の掌底が眉間に迫った麓孫は左手で振り払い、そのまま右脚を振り上げて顎を狙った。彼奴が麓孫の放った右爪先を後方に避け、そのまま地に両手を付き、逆立ちになった状態から後方へ倒立回転跳びで少し距離を取り、続けざまに裏拳で麓孫のこめかみを急襲する。麓孫はその裏拳をすんでのところで受け止め、そのまま己の後方へ投げ飛ばす。
だが、【テキスト=イーター】が空中に足場を展開し、古肚の離脱の危機を救った。彼奴の大腿部に過大な筋力が加えられている事に気づいた麓孫は迎撃の構えを取る。
《上脳指令//即時対応:*//“骨羽”ヲ解放シロ》
頭上から降ってきた一振りの刀を麓孫が右手で掴み取った。握りしめられる確かな感触を麓孫は心強く思う。天を飛行する【ジッキン=ゲン】から射出された『骨羽』を携え、一閃の備えをした。一連の流れを目撃していた古肚の手に収束する煙はみるみる内にその硬度を高め、洗練されていく。姿を現したのは『骨羽』の間合いを大きく超える一振りの長刀だった。
【伍煙草】が生成するナノマシンは通常、気体の姿を象り本体の周囲を浮遊する。だが、ひとたび戦闘に出るとその硬軟を自在に操り、戦局を自由に塗り替える。その数㎝ほどの小さな機体には間違いなく対城戦力が内包されているのだ。
古肚が跳躍を見せ、麓孫の反射スペースに割り込んできた。彼奴が長刀を横薙ぎに振り切る体勢を取る。麓孫の間合いでは攻勢に出られない事を彼自身の演算が懇切丁寧に導き出した。
首を刈られる。確実に……。
――これまでの麓孫だったなら――
その直後、古肚の視野・意識外から砲弾が飛び込んできた。吹き荒れた爆風が耳を少し隠す程の長さを持った麓孫の黒髪を粗雑に撫ぜた。続けざまに周りの廃墟の窓から銃口が火を噴く。弾丸は衝撃に弱い古肚の両足膝関節の継ぎ目を正確に打ち抜いて見せた。
《弾着を確認した。ご苦労、クレヴァー=シード》
《お褒めに預かり光栄です。麓孫殿》クレヴァー=シードにそうメッセージを送る。
「良い腕だ、林寺。見事に彼奴の膝を打ち抜いた。後でコツでも教えてもらいたいものだ」
『ははッ! 褒める事まで覚えたかこの野郎!』無線の向こうで林寺が快活に答えた。
これまでの彼と今の彼…… 何かが劇的に変わったという訳ではない。相変わらず話し方は固いし、融通の利かないところもあるし、なにより無愛想だ。
たが、今の彼には『戦う理由』がある。それを助けてくれる仲間がいる。
変わった事といえば、たったそれくらいだ。
しかし、とてつもなく意義のある変化だ。




