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タイミングを外すことはできない。
狭い空間の中で引けるだけ引いても3、40㎝が限界だ。初目は網目のグレーチングを正面に仰向けの状態である。
『【夜狩】接近中…… あと2m』ラプトル型が地面に顔を近づけ、探るように徐々に近づいてくる。手汗が止まらない。あと1m。80㎝。50、30、20…… 10……。
目が合った。
「くたばれ……」
発射された。見事に脳天を貫いた。初目はミヨルを連れて急いで移動した。倒れ伏す『夜狩』を認識し、『泡沫』が床に尾先を突き刺すルーティンを止め、近寄ってきた。
「次はお前だ……」
初目は最初に入ってきたグレーチングから上半身だけを外に出し、『泡沫』の脳天に照準を合わせた。「頼むね! ジーン!」その問いかけに『お任せあれ。ミス・キエロー』という声が応答する。発射された銀弾を『泡沫』は尾で防いだ。目が合う。だが初目は笑っていた。
「2発目はどうするつもり?」
1発目の影に隠した次弾が『泡沫』の戦闘行動の選択の余地を奪い取った。つまり、命中したのだ。駆動の要である電脳に穿たれた穴が機械兵の生命維持を終わらせた。
「パチパチ撃ってんじゃないわよ……」
最後にハッチに今なお銃撃し続ける『骨欠け』に向かって初目が言い放った。
「子供を泣かせてんじゃねぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!」
思い切り引き絞った強化ゴムがミチミチと音を立てたながら蓄力した勢いを初目は解いた。
発射された真球銀弾は『骨欠け』の頭部を完璧に射抜いた。背後のハッチに弾がめり込んでいる。
状況を終わらせた初目が右手にありがとうと告げると『見事なコントロールでした』と労う声がそっと応答した。グレーチングから2人は脱し、それを向こう側からカメラで見ていたのか、ハッチの下部が開くとヒルニとナターシャが顔を出した。我慢できずにミヨルが親元に駆け寄ろうとしたその次の瞬間――。
最上階から吹き抜けを使い、最下層に落下してきた物体が親子の間に立ちふさがった。
それはまるで大型の肉食恐竜のような姿と10mは超える巨躯だった。
《報告:随時更新*REX▼統率機//敵性エンジン動作中・・・ 計上・・・ 確認完了 敵性ノ確認実行中・・・ スキャン・・・ オールレッド検出 敵性体多数確認 優先順位α》
初目はとっさにミヨルを引き寄せ、全身で少年を守ろうと覆いかぶさった。もうダメだ。このまま終わる。でもこの子だけは…… みんなだけは…… 私の大切な家族だけは……
その時だった――。
指向性アーク放電銃が野鳥の響く鳴き声のような出力音を上げ、『REX』の攻勢行動を食い止めた。初目が振り向くと、背中には彼らが、数日前に衝突した仲間たちがいた。
「みんな!」初目が思わず叫ぶ。
「初目嬢、助けに来たぞ!」という声に「俺もいるぞ!」「俺だって!」と続々と名乗りを上げる男たち。放電銃が今なおうなりを上げて、REXの内部構造を電焼させ続ける。
もう大丈夫! だってコイツらが来たんだから! そう思った初目だったが、長大な尾を振りまわし所構わず破壊し、暴れ回る敵は電撃の檻から解放されてしまった。
「くッそおおお!」男たちがみな一様に叫ぶ。
――誰か…… だれか…… お願い、助けて……。
「「「麓孫ッ!!」」」
その少女の叫びに、願いに、痛みに、涙に…… 答える者はもう――。
「俺がいる!」
そう言うと少年は全霊を乗せた力でREXの頭部を殴りつけた。
「……あっ」初目の口から声が漏れる。頬を伝う暖かさの原因も分からない。
ナターシャは少年の姿に英雄のような頼もしさを見た。
ヒルニは少年の表情に救いの光を見た。
男は少年の拳に砕けぬ強さを見た。
そして、ミヨルは少年の背中に正義のヒーローのような憧れを抱いた。
「麓孫ッ!」初目が力の限り叫んだ。涙の限り微笑んだ。爪が食い込む限り拳を握り続けた。
少年がここに立つ理由はただ1つ。
“大切な女の子が泣いて助けを求めていたから”それだけだった。
「俺が相手だ……」麓孫は悠然と言い放った。
次の瞬間に麓孫は地表を縮めるがごとき速力で己が身を容易に敵の懐まで運んだ。一閃。煌めくような軌跡を描いた手刀はREXの胴部側面に横一文字の傷痕を作った。暴れ狂う敵の尾を掴み、麓孫は力一杯に背負い投げた。そのまま地面に叩きつける。だがREXの応戦も激化の一途をたどる。躍動する麓孫はその速力を維持したままで、左手を形状変化させ、手首から銃口のような機構を明かした。引き金のない銃口が彼の意思のみで火と硝煙をまき散らす。銃口からは先ほど初目が使用していた“抽出銀弾”が射出され続ける。
「がんばれ…… がんばれ!」どこからか声が聞こえる。「負けるな! がんばれ!」「麓孫さん、がんばれ!」「勝って! お願い!」「いけぇぇぇ!」涙を流す人がいる。応援する人がいる。認めてくれる人がいる……。
《上脳指令:*//“クラス加護”ノ付与》
《下脳受領:*//“加護”ノ展開ヲ確認》
『弐鷹』の持つクラス加護「知覚・能力の上昇」により増幅された速力が麓孫の影を置いてきぼりにした。
地面のタイルが抉れるところにだけ麓孫の跳躍の証左が残る。姿はほぼ見えない。空中に、と思いきや壁を蹴り、次の瞬間にはREXの背後に、目の前に。
「すごい…… もうまるっきり追いつけてない……」ナターシャは驚嘆した。
その間もREXは自分のボディに損傷を増やしていく。
麓孫がとうとうガラ空きになった腹部にもぐり込んだ。力を込めた渾身のアッパーがREXの巨躯を数m浮かせ、最後に身をひねり、遠心力をつけた右足で敵の顔面に蹴り込んだ。
REXが壁にめり込む。彼奴はその直後から復帰の所作を見せたが、麓孫の秒を千に分けるほどの機敏かつ静寂な挙動が敵の反抗を予備動作の段階で粉々に砕き、体力と機体耐久を容赦なく削っていった。尾を掴み、回し投げ、着地と同時に敵機の右足を踏み抜いた。バランスを欠いたREXに対し、最後まで残していた膂力は全て可変機構を経由して腕力に化けた。
渾身の右拳がREXの胴部右側面に沈み込み、突き当りの壁まで吹っ飛ばしたのだ。
歓声が上がった。勝利を確信した声だった。だが…… 麓孫は――。
訝しく思い、視界に表示されている波長サインから情報を探った麓孫に衝撃が走った。
「まさか……」
《報告:更新*REX▼統率機//自爆シークエンス作動/グッバイ》
その音声に初目たちは途端に押し黙ってしまった。
「自爆……? ウソ……」
麓孫の視界スクリーンに表示されているウィンドゥでは40秒ほどしかなかった。
「「「【鷹】よ! 来い!」」」麓孫が叫んだ。
上層部から轟音が聞こえ、風切り音が聞こえたかと思いきや、飛翔する影が最下層に現れた。《ジーン! こいつを外まで!》弐鷹の機体がそのカギ爪をREXの機体に刺しこみ、軽々と宙に持ち上げた。もう後30秒。麓孫が鷹の背中に乗り移る。
「待って! 待ってダメ!」近づこうとする初目をナターシャが後ろから腕を掴んで止めた。
鷹はそのまま最上層まで上昇し、通路口を地上までまっすぐ直進した。
「間に合え!」あと20秒。
出口が、地上の光が見えた。あと10秒。
「間に合えぇぇぇぇぇッッッ!」あと5秒。
地上に出た鷹はREXを思い切り空へと投げつけた。あと2秒。
《上脳指令:*//“固有加護”ノ付与》
《下脳受領:*//“加護”ノ展開ヲ確認》
《上脳指令:*//“エネルギー放出”ヲ応用接続/防護フィールド/球状展開》
《下脳受領:*//防護フィールド展開ヲ確認》
空中でREXを透明なフィルターのようなモノが囲った。そして――。
まばゆい光と爆音が轟いた。大地が震え、大気が震動した。
縁機のエネルギー生成による防護フィールドによって、風圧を抑えはしたが、それでも多少の煽りを受け鷹は地面にその機体をこすり付けた。
ほどなくして初目たちが地上まで上がってきた。ナターシャやミヨル、ヒルニ、その他大勢。
「麓孫……」初目が地面に転がる彼の頭を持ち上げ、自分の腕の中に抱きしめた。
「初目…… 無事か?」
「……うん」頬を伝う涙を止める術を初目は見つけられずにいた。
「そうか…… よかったよ。初目が無事で」そう呟く麓孫を前に「……うん」としか返せない初目を誰も責めることなどできはしない。
麓孫はふとある日のシルク老人との会話を思い出した。戦うということに『信念』なんてものが必要とされるのか? その答えが目の前にあった。
ただ戦争を造りだす機械だった自分に戦う理由をくれた、自分に様々な変化をくれた、握手の暖かさを教えてくれた、あの夜、自分に“おやすみ”と言ってくれた、この少女の笑顔を守ろう。
それを今日から『信念』と呼ぼう。




