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茫漠のジッキン=ゲン  作者: 大柄 仁
発展
33/50

30



「ピコ老婆よ、これで良いのか?」麓孫が尋ねる。

「うんうん。そうよ、赤ちゃんはそうやって優しく抱き上げてあげなくちゃね……」


「うむ。貧弱であるが故に取扱いは慎重にという事だな。胆に銘じよう」

「じゃあ、その子は任せるわね」


「了解した」

「ほらほら、ミヨル。こっちに来ておばあちゃんといっしょに遊びましょうね」


 ミヨルと呼ばれた男児がピコに近づく。麓孫は託児所と呼ばれる床にマットを敷き詰めた広間の一角に座して、赤ん坊をあやしている。周りでも同様に老夫、老婆が子供たちをあやし、戯れ、話している。元はちょっとした倉庫のような所だったのか、余計な調度品などはなく、空調設備など最低限のものだけが備えられており、広さは大体24m×15mほどだ。天井はやや高いところにある。


「初目お姉ちゃんはどうしたの?」ミヨルが麓孫に尋ねた。

「所用で遅れるという旨だけ聞いている」ミヨルとピコに向かって麓孫は端的に説明した。


「そうなの、わかったわ。じゃあそれまではおばあちゃんと一緒にいようね」

「ヤダヤダ! お姉ちゃんが良い! お姉ちゃんじゃないとつまんない! つまんない!」


ミヨルがごね始めた。頭を抱えるピコに見かねた麓孫がこう言い放った。


「おもしろければ良いなら、尽力しよう」麓孫の発言にピコは最初何の事やらといった様子であり、ミヨルも訳がわからないという様相である。麓孫は抱いている赤子をピコに預けた。


《上脳指令:*//“固有加護”ノ付与》

《下脳受領:*//“加護”ノ展開ヲ確認》


《上脳指令:*//“エネルギー放出”ヲ応用接続/迷彩効果/体表面展開》

《下脳受領:*//迷彩効果 展開ヲ確認》


 次の瞬間だった。麓孫の身体がその場から掻き消えた。というよりも透明になったという表現の方が正しいだろう。


「あれッ!? お兄ちゃん? どこ?」ミヨルが騒ぎ立てながら、必死に麓孫の姿を探す。

「ここだ」ふとミヨルの身体が宙に浮いた。

ピコや、周りにいる老夫、老婆、子供たちも驚いた様子である。だが当のミヨルはキャッキャッと楽しんでいるようだ。そこに割り込む声がした。


「ちょっとちょっと! ミヨル…… あんたいつからそんな超能力ボーイになったのよ!?」

 初目は経緯を知らない上に、宙を浮く男児という奇怪極まりない光景が視界に入ったものだから、この上ない驚嘆顔を晒している。


「初目、俺だ。麓孫だ」再び姿を現した麓孫に初目は非常に驚いた声を上げた。

「一体何よ、これは?」


「言っただろう? 俺は縁機たる技量を持ってして、姿を消し、異物も見破ると」

『こんな事に使って欲しくはないのですがね……』現在も麓孫に纏っているジッキン=ゲンがそう言葉を投げかけた。


「良いではないか。指揮官は俺だ。この際の能力行使は正当性の元に行われたのだ!」

『どんな正当性ですか!?』


「2人とも、喧嘩はそこまで! 麓孫もミヨルを早く降ろす」麓孫は言うとおりに男児を降ろした。すると、ふと彼女の右手が目に入った。


「初目、その手はどうした?」初目が右手に怪我を負っている事に気づいた麓孫が訝しく思い、疑問符を投げかけた。


「これは…… なんでもないよ、別に! 気にしないで」初目の表情が曇った瞬間を、麓孫の視界モニターは捉えて逃がさなかった。きっと何かあったのだろう。そしてその原因は十中八九自分だ。


「……手当をしよう」そう言いながら、縁機としての性能が彼女に起こった経緯を視界スクリーンに表示中のバイタルとアジト内に点在するカメラや内臓されたマイクから経歴を20分前まで遡り、容易に全容を把握してみせた。こんな事ができてしまう自分が今回はどうしたって虚しく思う。


 初目が男たちと衝突したのだ。彼女はこれを機に孤立するだろうか? だとしたら麓孫は何とも情けない男ではないか……。


「大丈夫だよ…… これくらい」

「いや、頼む…… 俺に手当をさせてくれ」


「でも包帯なんて……」

「ジーン、頼む」


『了解しました。ミス・キエロー御手を拝借』麓孫は初目の負傷した右手を握り、左手で優しく覆いかぶせた。ひやりとした義手の冷ややかさが初目の熱を持ち、赤く腫れた右手を通じて、心地良く流れ込んでくるようだ。すると、麓孫の衣服の一部が袂を分かつが如く、意識を持ったスライムのように手を伝って、初目の右手を包んだ。

「ジーンって呼ばれてるんだ? そっちの方がかわいいわよ」


『ありがとう、ミス・キエロー。裏表のないあなたの言葉は何よりも嬉しいです。お礼にデザインはあなたに似合う素晴らしい物に仕立ててみせます』

「ふふっ。ありがとう。あなたが人間じゃなくて本当に残念。……ここにはろくな男がいないから」初目は少し寂しい表情を浮かべた。彼女の手を握る麓孫の手に、彼は思わず力を入れてしまった。


「麓孫、ごめんなさい。少しだけ手を緩めて。ちょっと痛い……」

「ああッ! すまない!」


「ううん、もう平気」

「すまない……」


「ふふっ…… どうしたの? 今日は何か変だよ」初目のいつもとは違ったどこか薄幸な笑顔は美しくもあり、脆くも映った。そこにジッキン=ゲンの声が挟まれる。

『できました。いかがですか? ミス・キエロー』


「うん。とっても気に入ったわ。ありがとう。ジーン」

 初目の右手は包帯とは思えない程にかわいらしい装飾とデザインが施された薄桃色の手袋で覆われていた。華奢な初目の手にとても似合っている。


『どういたしまして』


「あらあら、かわいいわねぇ」ピコが初目の手袋を見て、そのような感想を述べた。

「ピコ老婆すまない。その赤子は俺が預かろう」先ほど彼が預けた赤子を腕に抱えるピコを見て麓遜がそい言った。


「いえいえ、良いのよ。ちょうど私の腕の中で眠ってしまったみたいだし、ミヨルの相手をしてあげてちょうだい」確かに抱かれている赤ん坊はスヤスヤと夢を見ている。

「そうだよ! あそぼあそぼ!」ミヨルははしゃいだ様子で麓孫と初目を戯れをせがんだ。


 そのあと、ひとしきり子供たちの相手をし、親が迎えに来る時間になった。


 続々と子供たちは親の元に駆け寄り、帰っていく。


すると、ミヨルの母親が来た。

その女性は先日、初目の食事に異物を放り込んだヒルニだった。彼女は侮蔑と、軽蔑の眼を隠す事すらせずこちらに向けた。彼女は信じられない事に自らの息子の手をハンカチで拭いてから、手を繋いだ。間接的にも触れたくないという、子を持つ親としてその思考を疑いたくなるような行為を平然と、まるでこちらに見せつけるようにしてみせた。


 作戦決行の日はもうすぐそこまで来ていた。




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