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茫漠のジッキン=ゲン  作者: 大柄 仁
発展
32/50

29



 その日以降、アジト内ではある話が持ち上げられていた。


 ――曰く、橋が崩落し、ケーブルが切断され、機械兵たちが自分たちに銃口を向け、外との連絡もつかなくなったのは古肚と、初目が連れてきた麓孫のせいだという――


 部屋を出た観測員の男がうっかり口にしたのだろうと麓孫は推測したが、別に責め立てる事などしない。そもそもこういう立ち位置でなければならなかったのだろう。これが正しい形だと麓孫は思っている。


 麓孫は、周辺の哨戒を林寺から言付かり、それを終え、戻ってきたところに初目が声をかけて来た。なにやら心配そうな表情である。視界に表示されるバイタルにも、そんな反応が見られる。噂を聞いたのかもしれない。だとしたら彼女は今どんな感情の元にここに立っているのだろう。麓孫は気になっていた。


 しかし、麓孫はそこで驚いた。『人の目を気にする』というのは自分の中では初の体験だったのだ。それまでは他人からの思い、意見、感情など意に返しはしなかった。この少女と出会ってから、全てが変わり始めているような気がしてならない。


「……どうした?」麓孫は初目に尋ねた。

「えっと…… うん、あの……」


「……文句を言いたいなら構わない。全てを受け入れるさ。それだけの迷惑を俺はお前にもかけているのだから」


麓孫が自虐めいた事を口にしたのを目にした初目はピクリと反応を見せるとこう言い返した。


「違う!そうじゃない…… 私が言いたいのは、私個人は全く気にしてないという事だけ! だって仕方ないじゃない! 麓孫だってそんなつもりじゃなかったんでしょ? ならこれは事故じゃない。それをさも全部麓孫のせいみたいな言い方、良くないと思う。麓孫も、そんな事言わないでよ。そもそも『伍煙草』から仕掛けて来たんでしょ? なら麓孫だって被害者じゃない!」初目は一息にそう言い放った。


「……ああ、ありがとう。その気持ちだけは頂こう」

「……」


「それで? 用はそれだけか?」

「……いや、ちょっと手伝って欲しい事があって」


「手伝う?」

「託児所の子供たちの相手。今日ナターシャさん来れないっていうし、もし時間があるなら麓孫に手伝ってもらおうと思って…… ダメかな?」


「いや、構わないさ」


 そういって、初目と共に最下層まで下りて行った。道中の人々の視線は冷ややかだった。それこそ最初に来た時に浴びた視線が、生易しく感じる位である。初目もそれを知ってか、少し足が速い。そこまで気にかけてくれて嬉しい反面、こちらに着く事が彼女に無用な被害を出さないかそれだけが心配だった。


ハッチを開いて「ムスコ部屋」に入る。以前のウェルカムな雰囲気はもうなかった。非難しているという訳ではないが、どこかよそよそしい。


「チッ!」と、どこからか舌打ちが聞こえた。まあこれも仕方ない事だ、と麓孫は整理をつけるが、やはり物寂しくはある。ただ、当初が恵まれ過ぎていたと思えば、これも納得だ。麓孫はそう頭の中で決定づけた。


「このエレベーターで最下層まで行けるから。私はちょっと取ってこなくちゃいけない物があるから、先に行ってて」初目は微笑みながらそう言った。本当にこの少女は優しい笑みを浮かべるなと麓孫は思った。


「そうか、了解した」麓孫はそう応答して、ドアを閉めた。ドアが完全に閉まる直前に「また後で」と声は出さず、唇の動きだけでそう言い、初目は小さく手を振った


 ドアが閉まった事を確認した初目は、深呼吸をした。



そして、何かが切れたようにエレベーターの開閉扉を思いっきり右手で殴りつけた。



 大きな音が「ムスコ部屋」に響き渡る。ギョッとなる男連中の視線を背中で全て受け止める初目はグイっと振り返った。


「何よ、今のこの空気…… 押し黙って、見て見ぬふりして…… それでも男!?」


 初目の沸点はこの部屋に入った時にはすでに頂点に達していた。それもそのはずである。数日前まで作戦に組み込まれた麓孫の事を褒め称え、受け入れたような素振りを見せ、あまつさえ手まで握っていた人間がこうも掌を返すと、身内としては恥じ以外の何物でもないのだから。


「お前ら…… 黙ってないで何か言ったらどうなの…… 何か言ってみろ!!!!」


 男たちは俯いてばかりで、口を開こうとしない。その反応に初目は怒りを通りこして呆れ果てた。なんだ…… こんな奴らだったのか。心の広い奴らだと、仲間を受け入れたら最後まで信じぬく…… そういう奴らだと思っていた。でもそうではないという事が今証明された。


「お前たちには…… こんな態度取って欲しくはなかった……」


 涙を流す初目はそのまま部屋を後にした。右手も痛いが、それ以上に胸が強く締め付けられるのを初目は感じていた。利き手では涙をふき取る事も出来ず、彼女はしょうがなく左手で不器用に目元を拭った。




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