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茫漠のジッキン=ゲン  作者: 大柄 仁
発展
30/50

27



 ドクから修理は順調だという一報が届いたのは、給仕テントの前でナターシャから言伝を受けた時だった。


「問題なく機体は直りそうか?」麓孫はナターシャに尋ねた。

「うん! “んんややあぁぁぁぁ 希少な部品とかのぉ欠損は否めないけど、そこは他の箇所で上手く補完しようと思ってるからぁ問題ないよぉぉ”だって」


 再現度としてはまあ及第点といったナターシャの身振り手振りは置いておいて、なかなかに手が早い。聞くところによると稼働率は78%を超えて、順行中だという。


「よし、ちゃんと伝えたからね麓孫。んじゃまた後で! とっとっ…… そういえば初目どこ行っちゃったか知らない? 子供たちの相手するのに私だけじゃ手が足りないからさ、手伝ってもらおうと思ってんだけど」

「子供?」


「うん、そうだよ。ここでは大人は誰もが動いてて、とっても忙しくってさ、小さい子供は寄合を作って託児所としての機能も持たせてるんだ。ただおじいちゃん、おばあちゃんが殆どだからさ、子供の体力に付いていける若手がいるのよ」

「そうか…… それならば人手が必要なのも無理はないな。第二フロアの作戦室には行ったか? 初目ならもしかすると林寺たちと共にいるかもしれない。作戦のすり合わせをしているやも」


「……そっか、麓孫が要になるんだよね、確か。がんばってね!」

「無論だ。尽力を惜しむつもりはない」


「わかった。じゃあこれで失礼するよ。給仕テントに用があるんでしょ? 引き留めてごめんね。んじゃ!」

「待ってくれ……」


 麓孫はおもむろに手を伸ばした。握手を求めているのだと数テンポ遅れて彼女は気づいた。どうも困惑している様子である。


「どうしちゃったの?」

「握手をしよう。あの一次接触はなかった事にしてもらいたい。これが俺とお前の邂逅だと理解し、受け入れてくれ…… 頼まれてくれるか?」


「……うん。変なの」


 ナターシャはその手を取って、確かめるように迎え入れ、お互いに握手を結んだ。

 その後、麓孫は給仕テントをくぐり、配給を受けるとそそくさと食事を口に頬張り、平らげて見せた。空腹も、満腹も感じる事のない自分の胃の中で確かなエネルギーの蓄電を感じる。今は少しでも体力とエネルギーの温存に従事すべきだろう。


「今日はあの娘はいないのか?」


 傍から声をかけられる、聞いた声は基本的に脳内フォルダに保存されている訳だが、かの人物はついこの間に接触している。先日、初目の食事に異物の混入を意図した女の配偶者、ラン嫌悪主義を掲げる男に間違いなかった。不愉快な面はやはり麓孫を睨んでいる。


「お前に何か関係あるのか?」


 麓孫は突き放す仕草をして見せるが、相手はどうといった様子はない。挑発的な目つきは鬱陶しさばかりこちら送ってくるようだ。


「お前とはなんだ…… 俺はには立派な名前があるんだ。年長者は敬うべきじゃないのか小僧……」


 一触即発の雰囲気を察知したのか周りの連中が遠巻きにチラチラと視線を投げかける。ここで事を起こすのも良いが、周りには作戦従事者も多く散見できる。成功率の低下を招く行動は慎むべきだ。巻き込んで欠員をだす訳にはいかないだろう。


「すまなかった。えーっと……」


 そこで麓孫が己の中にある通信回線を開いた。


《ジーン。この男の素性を調べろ》

《もうすでに集計できております。今お送りします》


《手が早いな》

《ミス・キエローの周りをうろつく危険因子ですからね》


《ムキになるお前は珍しい》

《それほどでも》


 回線を閉めて、受信したファイルを開いて、来歴を参照する。


「ザイカ…… かな? DZAIKHA…… 最初のDは発音しなくて良いのかな? 妻ヒルニとの間に一子を設け、今は二人とも年齢が32か…… すまないが俺があんたを年長者と呼ぶにはあんたは若年に過ぎる」

「……気持ちの悪いやろうだ! こそこそ調べやがってたのか!? まったく、あの娘の周りはこんなのばっかりか?」


 ザイカの声圧の上昇に対して、周囲の者たちもなだめに入った。

しかし、なおヒートアップするザイカに対し麓孫は至極平定な様子だった。


「あらあら、どうしたの? ザイカ坊や。そんなに血の上りやすい事でどうするのよ」


 声の主は波多野だった。テントの中に入ってきた彼女の姿は丈の短いスカートに胸の開いた服というなんとも男に悩ましいものだった。


「麓孫、よく手を出さなかった」


 背後から麓孫の頭をワシャワシャと掻き撫でながら話しかけてきたのは林寺だった。相変わらず藍のスーツを着崩している。林寺は麓孫の自制を褒めた後に、その笑みを引き込ませザイカに向き直った。


「ザイカ、お前は腕もたつし、仕事もまあできる方だ。しかし、お前のその子供じみた、しみったれた根性が息子の小さなミヨルに移ってない事を祈るよ」


 林寺が皮肉まじり言葉をザイカに浴びせかけて、侮蔑した表情で睨んだ。ザイカはというと、その言葉が相当頭に来たのか顔を沸騰させながら今にも林寺を抑えつけそうな様相を呈している。


 周りの男が3人がかりで止めなければいけない程にザイカは大柄だ。だが、林寺も波多野も一切臆する様子を見せない。


 初目から聞くこの2人の経歴には少々驚かされた。林寺は過去に駿河政府で外交官として従事していたり、波多野に関しては駿河陸上自衛軍における戦術作戦部第二課の情報将校であったというのだ。

 

 そんな2人がこんなところで何をやっているのか、全くの疑問である。


「お前が年長者に対する礼儀を説くのか? だったらお前は俺たち3人に礼節を欠いてはならないんじゃないか?」


 林寺の発言に周囲の人間は完全に疑問符を浮かべていた。それもそうである。林寺と波多野は見た目30代とザイカと同じくらいの年齢であろうが、麓孫はどう見ても10代後半…… ただ、しかし駿河政府の中枢に通じていたのであろう、そのような経緯を持つ2人が知っていても無理はない。というよりも林寺や波多野自身がそのような境涯にある。初めて会った日に初目に自分の年齢を明かした時も随分と驚かれた。


 麓孫は現在、正確な数字はもう覚えていないのだが、確実に30代は超えている。


 六縁機への適応過程において、サイボーグとしての生体改造を行われた時点で肉体年齢は止まっているのだ。寿命も常人よりも遥かに長命である。


「はあ?」


 何の事か理解できていないザイカの反応が少し遅れて返ってきた。どうやら林寺の件は知らないようだ。すると――。


「げふっ!?」


 波多野が林寺に蹴りを入れ、大層なアーチを描きながら彼は地面に突っ伏した。


「あんた今何言おうとした? あんたと私は年齢同じなんだから、あんたが歳バレしたら私にも火の粉かかんでしょ!?」波多野はそう言って林寺に脅しをかけた。


「別に良いじゃないか……」

「ダメよ。夢ってのはね、覚めちゃただのゴミでしかないんだから」

 そう言って彼女は林寺を踏みつけながらザイカに振りなおった。


「あなた初目ちゃんにちょっかいかけるのは構わないけど、それでも周りの目は気にした方が良いわよ。いくら徒党を組んでるからってあんたたちは少数派よ。初目ちゃんを慕う子だってたくさんいる。限られた環境で孤立を招いた人間がどうなるか…… あなただって知りたい訳じゃないでしょう?」


 波多野が冷淡な表情で言い放った。ザイカは何も言い返す事ができずに、踵を返し、バツの悪そうな顔をして給仕テントを後にした。


「奥さんと子供は大事にね……」波多野が最後にそっと呟いた。


「まったく、くだらない事で騒ぎを起こしやがって……」林寺が去っていくザイカの背中に小さく呟いた。

「林寺よ、なぜここに? 初目といっしょではないのか?」麓孫が林寺にそう問いかけた。


「初目は最下層のピコ婆さんのところにいるよ。子守の手伝いにでも行ったんだろうよ」

 そうか、と麓孫は答えた。どうやらナターシャが話を持ちかける必要はなかったようである。


「それよりも、麓孫。俺たちはお前を探してたんだよ」林寺が神妙な面持ちでそう口にした。




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