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「ハツメ=キエローといったか? キサマ……」
「……はい、そうです」
先ほどの初目と同様に、灰と赤を基調としたボディースーツ(より光沢があり、少し色が暗めで、全体的にメタリックな印象であったり、所々のデザインが違うが)を着た少年、麓孫がそう尋ねてきたので、そう答えるしかなかった。
「面を貸せ」
すると、麓孫は、初目の唇に自分の唇を接地させた。
「「「~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!」」」
目を剥く初目。衝撃で体が硬直してしまっている。いきなり何をするのだこの男は!?
《生体接地:*//生体・感情情報ヲ“スキャン”//・・・判明:*// 恐怖=56% 驚愕=42% 雑多情報=2%//:*救護対象ニ推薦・・・ 承認。》
「な、な、な、何するんだアアアアアアアアアア!!!!!!!」
「今からキサマを『護ル』。我が後方に備えよ」
かくして初目は、麓孫の“救護対象”になった。
自分の存在や、環境、価値観なんかを、変えてくれるそんな出会いが欲しい、と願ったことはある…… だが、これは少し強引過ぎやしないか、神様……。
《上脳指令//即時対応:*//“骨羽”ヲ解放シロ》
本体と縁機の間で用いられる通信回線の中で、ただ一つの命令だけが一直線に鷹に送られた。
そして、鷹もまた、その命令を、下されずとも、分かっていた。
猛禽類の羽を思わせるその強靭で、鮮烈で、均整で、端整で、震撼なその一振りが鷹から射出された。
『上脳指令:*//“クラス加護”ヲ展開シロ』『下脳受領:*//“加護”ノ展開ヲ確認』
麓孫が「骨羽」を受け、攻勢に出る構えを取った…… 否、もうすでに『巨兵』の懐において、「骨羽」の精髄は発揮されていた。
驚くべき速さで、すでに麓孫は間合いを詰めていたのだ。
『巨兵』の右膝の関節芯が切断された。
価値のない右足を抱えることになった、かの巨体は、ソナー探知による敏捷な反応・反射動作から相手より優位に立つその余地を完全に削がれていた。
「花弁式パラソル体を使わなくてよいのか? 貴様の指揮官が知恵をこさえて、託したそのパラソル体を、縁機を必衰させうるその機構を。お前には義務あるはずだ! この戦いにおいて、『自らの宿命を受け入れ遵守しなければならない』という義務が。お前には刻まれているはずだ。憐れで、見るに堪えなくて、どうしようもなく絶望で、最低で、最悪で、一縷の望みも、期待も、未来も、将来も、夢も、へったくれもないその馬鹿な宿命が!」
『巨兵』が「花弁」を作動させた。
可視の粒子が方向、方位を無視して半球状に縁機の行動を封じる、その加虐領域広がった。だが、しかし……。
それが今さら何だというのだ?
《上脳指令//即時対応:*//“個体固有ノ加護”ヲ展開シロ/固有スキル“エネルギー放出A++”》
右手で掴む「骨羽」から嘶きが聞こえた。何かに共鳴している。波状の攻撃がまさに麓孫に敢行されているのだ。だが、少年はなお語る。
「抗いに意味はなく、防衛に意味はなく、計略に意味はなく、ただその選定者は冬を断ち、火にくべるだけ……。炭を見極め、利益と風に乗り、破壊の爪痕をただ残す…… 」
麓孫の左手がほの青い茫洋とした光を湛え始めた。
次の瞬間に、麓孫の左半身に変化が生じた。まるで衝撃に備えるように、外見、材質、形状が硬質なものへと変容していくのだ。
最初は左掌を起点に、腕、胴、脚、つま先、顔面の左半分にもその広がりは見られ、終息していくように形が洗練され、機械然とした様子に落ち着いた。
隠れた左目が赤く光っている。
「羊飼いが始めた幕間劇、論者が称えた不和の詩、規律が並べた柵を越え、選定者がこの地に残した約束を、この地を総べる協約を、この地を自立させるその重責を、ただ思い出せ……」
少年がそこにいた。
麓孫がそこにいた。
選定者がそこにいた。
冬をくべる者がそこにいた。
弐鷹の麓孫がそこにいた。
「「「「「最終選定」」」」」
左手から、不可避の壊光が発射された。
地面が抉られ、周りに集積された鉄塊は吹き飛び、吹き飛んだ先で蒸発した。
だがしかし、ひどく静かな、不可解で、不安で、無情な程に静寂な攻撃だった。包括するような優しい光が、どうしてもその暖かさと温もりが先に立ってしまうその光が、このような攻撃的かつ殲滅的な、現在進行形で進む破壊活動を呼び起こしていると誰が信じる事が出来る。
おそらくは効率、汎用性、実用性、暗殺用途、当然の結果論から生じたその性能は、果たしてここまで人間に恐怖を与えることも考慮されていたのか。
『巨兵』の半身が消し飛んで、失せていた。動きはない。機能している様子も、ない。
『こんな狭い場所で…… 使うべき場所を選んでいただきたい』
「地盤のスキャンは経ての解答だ。威力も抑え、反響であの娘の聴力が削られんように配慮というか、まあ、心遣い? オモテナシ精神というやつも付加したのだが?」
『私が言いたいのは、あなたのその無鉄砲で、強引で、他人を巻き込みやすい行動原理を修正、改善して欲しいということなのです』
「やかましいやつだ」
麓孫の半身がみるみる内に元に戻っていく。
初目は全てを目撃し終え、ただゆっくりと息を吐いた。
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麓孫がもうすでにこと切れている『巨兵』に近づく。
「…………」
『上脳よ…… どうしてそう枯れた表情をするのです?』
「こいつを見ていると十数年前の、この島に来た時の自分と重なる」
『重なる、とは……?』
「こいつも、今の俺も何かに縛られ、何かの奴隷であるということだ…… なんで俺は…… さっきの戦いで怒りを感じたのだろう…… こいつの義務感に、宿命に、こいつの姿に、どうしてか俺は口を出さずにはいられなかった」
『……』
麓孫は目の前の、今しがた己の手で損壊、行動不能にした機械兵に対して、ある種の憐憫を感じていた。
そして願わずにはいられない、こいつの、こんな機械の身体に少しでも人間のような感情を持ち合わせていないことを、自分を奮い立たせ、自己暗示にも見えたあの言葉がこいつの本心からの言葉ではないことを。
「貴様はよく、戦った。もうそれ以上自分を追い詰めるな。今はもう眠れ……」
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ジッキン=ゲンは麓孫のその姿に誰かの面影を見た。
そしてそっと。心で納得した。
仮定の話だ。幻想だ。願望に近い。だが……。
「そいうことなのかもしれない……」と自分の中でだけ、この思いを留め、麓孫には伝えずに、そっと閉まった。
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『クレヴァー=シード』は海を眺めながら、一機の、いや一人の仲間の死を感じた。
また殺した。
また、仲間を殺したのだ。
もう、自分の中で、どうしようもなく、大切な、何よりもかけがえのないモノが壊れそうだった。
どうして自分は生まれてきた? なんのために生まれてきた? 戦争も終わり、戦う意味などなく、仲間を、自分を削る事になにか理由があるのか?
目に見えぬ心臓が、軋む。
その時だった。『巨兵』に内蔵されたマイクから……。
『貴様はよく、戦った。もうそれ以上自分を追い詰めるな。今はもう眠れ……』
「ッッ!?」
『彼』は、人間でないことを、心の底から悔やんだ。涙を流せる人間でないことを。
何故か、自分に言われたような気がした。そして、何より自分が殺してきた仲間が報われたような気がした。
その言葉がどこまでも暖かかった。
もう一度海を眺める。
綺麗だな、強くそう思った。




