てるてる坊主とその名前
……俺の顔がない。
いや、触れているのだから顔はちゃんと存在する。ただ、足りないのだ。
今も俺がペタペタと触れ続けている顔には凹凸が無かった。
物が見えているから目はある。胃液のような物を吐けたから口もある。ただ、耳と鼻が無い。音も匂いも感じてはいるから器官としては存在しているが、小さな穴が開いているだけだった。それに髪も眉毛も睫毛も無い。体毛は悉く全滅だ。
俺は自分の顔をてるてる坊主で想像する事にした。
と、その時、目の前にステータス画面のウィンドウが現れた。
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[種族:ハイ・ドッペルゲンガー]
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ステータス
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[Lv.17]
[HP 2135/2135]
[MP 3450/3450]
[P-AT 1280]
[M-AT 2645]
[DF 1810]
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所持耐性
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[物理耐性Ⅴ]
[魔法耐性Ⅲ]
[状態異常耐性Ⅶ]
[水耐性Ⅴ]
[炎弱体Ⅱ]
[土耐性Ⅰ]
[聖弱体Ⅳ]
[闇耐性Ⅶ]
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何故、今ステータスウィンドウが出現したのかと思ったが、多分顔をペタペタ触っている時に指がトトンっと触れた瞬間だったので、ダブルクリックの要領で自身に触れたら出現するのだろう。
しかし、今は全く必要ない。
必要な時に出無くて、ステータス確認なんて後回しでいい時に出てくる事に少しばかり俺はイラついた。
「今はどうでもいい。消えろ」
少し声を荒げてウィンドウを消した俺の横から小さな悲鳴が聞こえてきた。
「ひぃっ…ごめ…なさ…たべなぃ…で」
今にも泣きながら卒倒しそうな少女。
すっかり忘れていた。本気で焦った俺はすかさずフォローを入れる。
「あ、ご、ごめん!今のはこっちの話!君には関係ないから大丈夫だよ。絶対食べたりしないし、落ち着いて…ほんと…お願い…」
俺の語尾はだんだんと力なく萎んでいった。確かに今のは俺が悪かったけど、なんでこんな精神の負荷実験みたいな状態に俺がならなければいけないのか。泣きたい。
「…えと、とりあえず君がなんで怯えていたのかわかりました。君から見て、今の俺の顔ってどんな風に見えてるのかな?一応確認の為に教えて貰える?」
俺は極力怯えられないように、ゆっくり、丁寧に喋った。
「……」
俺の顔色を伺うように覗き込む少女。果して俺の今の顔は顔色が浮かぶような造形になっているのか定かではないが、急かすような事はせず、辛抱強く少女が言葉を発するのを待つ。
何度か口をパクパクさせながら意を決した様に少女は話し出した。
「…昔、お母さんに聞いた、…雨の…日に出てくる…白い布、を被った魔物に似て、います…」
おっ!その魔物は知らないけど、なんだか特徴がてるてる坊主に似ているんじゃないだろうか。
雨の日だとか、白い布だとか。
魔物というのがちょっと引っかかるが、概ね俺の想像通りのてるてる坊主顔で、そこまで怖ろしい感じではないのかも知れない。そんな事を考えた俺に、少女は更に続ける。
「…その、魔物は悪い子ども、を狙っていて…雨の日になると、森の影からジィーーーっとこちらを見てきま…子どもが…一人になる、といつの間、にかうろしに立っていて…そのまま森の中に…攫っていって、たべ…てしま…ます…そのかおに…ある目はまぶたがなく、て充血して真っ赤で…す…口にあ…る歯は針みた…で、いっぱぃ…で、血…を、吸いま、す………」
怖ッ!!!!!!!ナニソレ!!!!俺の知ってるてるてる坊主じゃないッ!!!!!!!!
ていうか今の俺の顔はそんなクリーチャーなのっ?!
え、血とか吸わないよね、俺?
ぐるぐると思考を回してようやくスタート地点に戻ってこれた俺は少し冷静になった。
「…えっとその魔物は…見た事あるかな?」
俺の問いに少女は数瞬こちらをじっと見たが、気を遣ったのか、ふるふると首を横に振って否定した。
…あぁ。今ので何が言いたかったのかわかったよ。そりゃそうだろう。俺だって逆の立場ならそう思うさ。今見たのが初めてです。って。それでも首を振って否定してくれた少女の優しさがありがたい。
まあ、俺の事は一先ず置いといて、大方、今の話は大人が子どもの教育の為にする寝物語の一つなんだろう。なまはげみたいなモノか。その魔物が実在するかどうかは怪しいな。そもそも人間を食べるなら悪い子ども縛りとか、意味がわからないし。
「多分、俺はその魔物じゃあないと思うから安心して。そもそも、俺は自分の事を人間だと思っていて、君を助けたんだ。」
「…」
少女は怪訝そうな顔をしてこちらを見つめている。
そりゃそうだろう。彼女曰く子どもを喰う化け物が自分の事を人間だと言い出したら何を言っているんだと思うだろう。
しかし、実際狼から助けたのも、傷の手当をしたのも俺なのだから、話は聞いてくれているようだ。
さて、なんと説明したものか。
俺だって自分の状態がわかっていないんだ。
なんとかこの少女に協力して貰って情報を集めたい所だ。
俺はこの地の事を何も知らない。それを不審がられないように、ある説明をすることにした。
まぁ、魔物が人間だと言ってくる時点で不審がられるという事については気にする必要が全く感じられないとは思うが…。それはそれ、これはこれだと割り切る。
「信じられないかも知れないけど、俺は自分が何者なのか、ここが何処なのか記憶が無いんだ。」
「?」
「俺は今日、この森で目覚めた。見る限り、手足は普通で、身体も人間のようだったから俺は自分が人間だと思ってたんだ。さっきまではね。ここには自分を映す鏡も、池みたいなモノもなかったし」
嘘はついていない。昨夜、酷く泥酔した後からこの森に来るまでの記憶はないからな。
「そこに狼に追いかけられた君が来たんだ。俺は自分が人間だと思っていたから、助けなきゃと思って君の前に飛び出した。」
そこで少女は思い出したようにハッとした。
「あっ…あの狼は…?」
「倒したよ。ギリギリだったけどね。まぁ、君が追いかけられてたボス一匹だけだけど…」
あの直後レベルも異常に上がったし、今ならば残った五匹くらい纏めて瞬殺できそうだと思う。
俺がそういうと、少女は目を大きく見開いて、涙を湛えていた。ついに堪え切れなくなった少女はボロボロと涙を零しながら、俯き、嗚咽の混じった声で。
「…あり…がと、うござ…ぃます…」と言って暫く泣いた。
泣き止んだ少女はさっきまでの怯えが嘘のように落ち着いていた。
俺が狼を倒したと知った事で、俺への恐怖が緩和されたのだろう。
少女は本当にさっきまでとは別の人のように喋り出した。
「わたしは、あなたの言うことを…信じます。あなたはわたしが狼に襲われた時に助けてくださって、わたしの傷の手当をし、村の仇の狼まで倒してくれました。仮にあなたに騙されたとしても、わたしはあなたを怨みません。この御恩は一生を掛けて御返ししたいと思います。どうか…あなたのお名前を教えてくれますか?」
しっかりした少女だ。さっきまではいつ殺されるとも知れない恐怖と戦いながら、俺と相対していたのだろう。まだ多少声は震えているが、先ほどまでの震えとは少し違うように思える。
しかし、名前か…どう答えたものか。
俺が暫く逡巡していると、少女が慌てたように謝る。
「あっ…無遠慮な質問、ごめんなさい!憶えて…いらっしゃらない…のですよね。」
ん?あぁ、そうか。俺の考えていた間を記憶にないから答えられないのだと勘違いしたのか。
本名を答えるのは諸々、弊害がありそうだな。どう見てもここは日本じゃないだろうから。日本語名じゃあ響きに違和感がないだろうか。いや、そもそも人間では無いからどんな名前でも不思議では無いのかもしれないけど。
いやいや、逆に日本語の名前の響きに似た名付け方法が一般的な可能性だってある。いくら考えたって堂々巡りだ。そもそもこの地の人間の名前を知ら無いのだから、違和感を持たれ無い名前の響きとはなんだと考える事に意味はない。
となると本名でもいい気はするが、この地でもファミリーネームとファーストネームくらいはあるだろう。記憶喪失という事だから、余計な推測をされても面倒だ。ここはファーストネームだけの偽名にしておこう。
自分の中でそう決定を下して、パッと思い付いた名前を口にする。
「…ヴィヴィアン。ヴィヴィアンだ。ヴィヴィって呼んでくれたらいいよ。」
ヴィヴィアン。それが今日からこの地での俺の名前だ。
俺のいた現実世界のイギリスで誕生した有名服飾ブランドから頂戴した。
咄嗟に付けた名前だけど、なんとなくしっくりきてとても気に入った。
余裕が出来たらこの未知の地でのファッションや流行も勉強してみたいものだ。
その時にはこの名前の恩恵にあやかれる事を期待したい。俺はそう思った。
ようやくこの世界に於いての主人公の名前が出て来ました。
本編にも書いていますが、引用元はイギリスのロックファッションブランド、ヴィヴィアンウエストウッドから頂戴しています。
今後もファッションブランドやファッション用語がちょこちょこ出てくるかと思いますので、興味のある方は探してみても面白いかもしれません。