その少女、放尿。
ここから女の子が居た場所までは迷わなくても30分くらいは掛かる筈だ。
急いで向わないと。
幸い、この身体のお陰か走り続けても疲労感は殆どないし、スタミナも続く。
そう思い、走り出そうとした時にふと気付いた。
「あ、そういやさっき獲得した変身で狼になれるんだっけ。まだ試してないけど、変身出来るなら人間の足よりかは遥かに速いよな。」
「まぁ、俺人間じゃあないらしいけど…」
それにしても気付いたら人間じゃあなかったってどんな冗談だよ。ライバルの吸血鬼が人間を辞める前に主人公は既に吸血鬼だったって感じ。それぐらい驚いた。
まあ、そんでも折角だし気分的に叫んでおこう。
「俺は人間を辞めるぞーーーー叙々苑ーーっ!!」
《大爪狼》
叫ぶと同時に能力を発動させる。
メキメキメキと軋むような音がして、痛いような、むず痒いような、こそばいような、なんとも言えない感覚に一瞬なったと思った時にはヒトガタから巨大な狼の姿に変わっていた。
この姿も、右腕の時と同じように毛並みはサラサラと流れるように美しく、黒々と艶があった。身体は引き締まり、全身の筋肉が上質なバネであるように収縮しているのが分かる。
ついでに《大爪狼の右腕》も併用している。何か魔物が出てきた時に厄介だから保険だ。
仮に叫んでから此処までの一連の流れを見ていた人間が居たらどう思っただろうか。なにか邪悪な儀式を用いて種族転生を試みた悪魔のように見えただろう。
しかし、幸いにもこの場に人間は居らず、先ほどの狼五匹のみがただ居るだけであった。
その狼たちの瞳には畏怖と尊敬、憧れなどの感情が浮かんでいたのだがそんな事は俺が知る由もない。
タッと森の入り口まで一足飛びで向かった俺は狼共を一瞥する。
遠まきに見ていた感じでは敵意は見られなかったが、此方が移動しようとしたらどう動くか分からない。
仮に攻撃を仕掛けてくるならば殺すしか無いだろう。そう覚悟しながら狼の近くへ行くと、俺の進路を塞いでいた狼共がサッと道を開け、腹ばいになった。完全に伏せの状態だ。
どうやら戦闘は回避できそうに思う。一応背中を向けて歩いている為、振り返り注意しながら進むが、動こうとする気配はない。
問題無さそうなので、俺は狼を気にするのを止め女の子が居た場所へと全力で森を駆け抜けて行った。
女の子が居た場所まではあっという間だった。
入り組んだ木々が生い茂る森でさえ、苦にならない程の身体能力で、常にトップスピードを維持しながら戻って来れた。その時間、僅か5、6分程。
しかし、その場に女の子は居なかった。
じわじわと焦りが広がるが、冷静に状況を把握する。
争った様子や、荒らされた跡は特に見られない。
となると、自力で目覚め、逃げられたのだろう。
とはいえ、このまま確認もしないのは気持ちが悪い。
《変身》という能力は身体能力を総てトレースする。勿論、レベルは俺のままでだ。
その為、大爪狼になっている俺は嗅覚も尋常ではなく良くなっている。
その場に残っている女の子の匂いを嗅ぎ(なにか誤解されそうだが)、直ぐに居場所を見つける事が出来た。
やはり、傷の所為でそれ程遠くへは行けなかったらしく、すぐ近くの大木の根の窪んだ所に見つかりにくいように隠れていた。
俺と目が合うと女の子は心底絶望したように顔を歪めた。
「あ…ぁぁ…そんな…かみさまっ…」
助かった事を喜ばれこそすれ、絶望される謂れは無い。
そういえば、最初に助けようとした時も気絶してたなと思い出す。
む、そう考えると理不尽だな。この女の子が襲われていたから命を投げ打って助けたというのに。そのお陰でこんな姿に。と思った所で気が付いた。
今はこの女の子が襲われていた狼の姿なのだと。
直ぐに変身を解く。
「ごめんごめん!狼の姿だったの忘れてた!もう安心して良いよ」
俺が安心させるように笑顔でそう言った瞬間。
「ひっぁ……」
小動物が捕食動物に食べられる寸前の様な短い悲鳴を出して、そのまま女の子は昏倒してしまった。
筋肉が弛緩した所為か、恐怖に依るものか、或いはその両方の所為で、女の子の股間部分がみるみる内に濡れていく。
そんな状況に一人置かれた俺はとりあえず事態の説明を誰かにして欲しいと切に願った。
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さて、本当にどうしたものか。
なんでこう、問題に問題が重なってくるのだろうか。
状況が理解出来なくて倒れたいのは俺の方だというのに。
まずはやっぱりこの女の子だな。怪我の手当てもしてあげたいし、放尿したままでは良く無いだろうし。
傷口に雑菌なんかが入ったらどうする事もできない。
とりあえず変な体勢で昏倒したのを直した方がいいなと女の子を抱きかかえる。
ん?
違和感を感じ、女の子の顔をまじまじと見る。
俺との身長差からこの女の子は12、3歳前後だと思っていたけど、それよりも大人びて見える。15、6歳ぐらいだろうか。血と泥と涙と鼻水で汚れて分かり辛いが、思っていた程、幼くはない。それでも俺の身長と比べると小さ過ぎないだろうか。
そこで俺はずっと感じていた違和感の正体に気付いた。この女の子が小さいんじゃ無くて、俺がデカいのだ。
多分、現実の俺より15㎝〜20㎝はデカいんじゃないだろうか。なんでそんな事になっているのは分からないけど。
そもそも人間ですら無いのだから考えたって仕方ない。
一つ違和感を解消してスッキリした所で女の子改め少女を真っ直ぐ横たえる。
少なくとも替えの服があればと思うが、俺が着ている服もズタボロだ。服というよりかはボロ布の寄せ集めか。
それで思い出した。
ボロ布と言えば見た目とは裏腹に便利な四◯元ポケットがあったけど、中身は何が入ってるのか結局確認していない。
というかそれどころじゃ無くて忘れてた。
この非常事態(主に俺の精神的)を打開する便利グッズが入っている事を願いながら、俺は無限の胃袋のリストを開いた。
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無限の胃袋
・食料
[水湧きの甕×1]
[携帯食料×99]
[保存肉×99]
・衣類
[ローブ×5]
[布×10]
・回復アイテム
[薬草×99]
[下級ポーション×99]
[中級ポーション×99]
・アイテム
[恒久の松明×1]
[宣託の手紙×1]
・素材
[大爪狼の屍体×1]
___________________
ぱっと見、暫く生きるのに必要最低限なものは入っている様で一安心した。
何より、今の状況を打開出来そうな物があっただけで文句など言うまい。
一番下のアイテムだけが字面的にも異質過ぎて怖いけどな。
いや、まあ入れたの俺だけどさ。
あとは気になるアイテムが一つあるけど、碌な事にならない気がするのでとりあえず放置。うん。見てない見てない。
さて、と。ここからが本題だ。
この眠れる森の放尿少女をどうするかだ。
手当てはする。薬もあるし問題なさそうだ。
ただ、それを実行するに当たってエベレストよりも高い壁が聳え立っている。因みにチベットではチョモランマ、ネパールではサガルマータ。まあ、そんなことはどうでもいい。
なにをするにしても、一旦この少女の服を脱がさなければいけない。その上、滴る黄金水を丁寧に拭き取る必要も出て来るだろう。
果たしてそんな事を行っても良いのだろうかっ。
いや、例え赦されざる行為だとしても時として地獄への行軍を行わなければならない事もある。云々…
色々と自身に言い訳をしてようやく腹を決めた。
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「う…うぅん…」
少女の目が覚めた様だ。
彼女の現状だけを簡潔に述べると、ローブに包まれた中身はスッポンポンだ。元々着ていた服は簡単に洗って木の枝に干してある。
因みに以下が使用した道具だ。
___________________
[水湧きの甕×1]
[ローブ×2]
[布×2]
[中級ポーション×1]
[恒久の松明×1]
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[水湧きの甕]は使用回数無限で常に水を湛えている甕だから無くなる事はない。
[恒久の松明]も使用回数無限で決して火が消える事はない。この火でその辺の拾った木の枝に着火し、焚き火をして洗った服を乾かしている。
[ローブ]の内1着は俺が着用している。服がボロボロだったからな。
残りのアイテムは少女に使用した。どのように組み合わせて、なにをナニしたかは色々と想像して頂けたらと思う。
「ん…ここ…は?」
少女はゆっくりと上半身を持ち上げて不思議そうに此方を見た瞬間、固まった。
「ひっぁ…」
この反応はマズい!また気絶からの放尿ループで眠れる森の放尿少女に戻ってしまう!ここでループさせる訳には行かないっ。
俺は慌てて。
「落ち着いてっ!大丈夫だから!何もしないし、怪我も治ってるでしょ?」
俺は早口でまくし立てた。
すると、俺の勢いにつられた少女は自分の身体を確認する。
「え…きず…いっぱいあったのに…それに服…」
身に覚えのないローブを少女はおもむろにはだけさせた。
「…え…ひゃぃっ!!!!」
ローブの下に身には付けていたはずの物はなく、
慎ましく、綺麗な双丘にピンク色の花が咲いていた。
「なん…で…私の服…はだか…え…」
少女も極度に混乱して居るのだろう。でもそれは俺も同じだ。混乱した頭でどのように説明したらいいか必死に考える。
「え…と、よく聞いてね?傷だらけで、服も破れてて、血も凄くて、えー、傷口を綺麗にしなきゃいけないから、仕方なく、仕方なくね!!…服を脱がせて、水で綺麗にしてから、傷を治して、持ってたローブを着せたんだ。えと…意味わかる?」
結局シドロモドロになってしまった。
放尿の件は最初から言うつもりはない。自分で墓穴を掘るつもりもないし、気を使う甲斐性ぐらいは持っている。つもりだ…大丈夫だよね…?
そんな俺の逡巡を余所に、こくりと頷く少女だが、その顔には怯えが見える。
そして、意を決したように。
「…わ…たしを…たべるッ…つもりですかッ…」
「……。」
泣きたくなってきた。何がどうやったら人間を食べるというのだろう。俺にカニバリズム願望はない。
それとも、性的な意味でだろうか?そうだとするとマセすぎだ。いや、仮に15歳だったら別に普通か。
俺がぐるぐるとヤバい方向へ思考が堕ちそうになっていると消え入りそうな声で少女が続けた。
「えと…人間…じゃあない…で…よね…」
その少女の言葉に俺は驚く。そして、つい反射的に聞き返してしまった。
「え…?なんで…わかるの?」
俺の言葉に怪訝そうな少女。何を言っているんだろうという顔で見つめてくる。
「…だって…かお…」
顔?
なんだかよくわからないが、兎に角俺は自分の顔を触ってみた。直後。
全身に嫌な汗が噴き出す。もう、これは今日だけで何度目だろうか。本当に勘弁してほしい。じゃないと、俺の心臓がこれ以上もたない。
自分の手で触れて何度も確認したけど、どれだけ触っても俺には、そこにある筈の顔が無かったのだ。
余りにもサブタイトルが思い付かないので、「放尿」にしてやろうかと思いましたが辞めました。
「顔」にしました。
でも結局放尿に戻ってきました。
あゝ…業が深い。