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状況理解→失敗。未知との遭遇

なんだか今まで感じた事の無いような暖かさが身体を包み込んでいる。こんなに気持ちよく微睡んでいるのはいつ振りだろうか。生まれたばかりの赤子はこんな感じだろう。まあそんな時の記憶なんて勿論無い。想像だ。

今はまだ眠っているようだけど、じきに目が醒めそうだ。なんとなく寝ている自覚はあるけど、半分覚醒していて、起きる寸前の感覚を誰だって経験した事があると思う。

そんな自覚をした瞬間に嫌な汗が噴き出してきた。

なにかを忘れている。なんだっけ?

思い出した時には焦りと共に跳び起きていた。


「あっ!!バイトっ…やば…寝過ごした!!!!!」

7畳程のリビング兼ベッドルーム兼ダイニングキッチン(ワンルームアパートとも云う)に備え付けてあるシングルベッドから飛び出そうとした時に違和感に気付く。


柔らかく照らしてくる太陽光。ベッドと勘違いする程ふかふかとした下草類。さわさわと髪や頬を撫でる優しい風。


どう見ても外だった。というか森。

「…え…と。昨日は藤田教授の送別会で相当呑んでて…」

「確か家に帰った記憶はなんとなくあるんだけど…どこ…ここ…」


ヤバいな。相当ヤバい。記憶に無いのが怖すぎる。とにかく酔っ払って変な森まで来てしまったっぽいな。

「よし。とりあえずスマホのマップ機能で位置確認して、ヤバそうなら島崎に連絡して助けて貰おう…」

全く記憶に無い見知らぬ森で一人でいると、不安からかつい声に出して確認してしまう。


がさごそ…がさごそ…がさがさがさがさ


「………ヤバい…スマホ無いぞ…」

いくら探してもスマホが無い。というか財布も無い。どこに落とした?いや、忘れて来た?それとも盗られた?

ヤバい。否応無く焦りが増していく。

落ち着け。先ずは冷静にならないと本当に取り返しの付かない事になる。全国区のワイドショーで泥酔の大学生が森で遭難〜なんてニュースにでもなったら恥ずかしすぎて生きていけない。

そう思い、跳び起きてからはウロウロと動物園のクマとかトラみたいに右往左往していたのを止めてその場に座り込んだ。

その時に腰の辺りに違和感を感じた。

すわ、スマホか!と膨大な期待が膨れあがったが、確認すると持ってた記憶すらない小汚いポーチの様な布袋だった。

「ヤバい…泣きそう…何処だよここ…なんだよこれ…」

昨夜の記憶が無い上に、何処かもわからない。ましてやスマホも財布も無くてフリーズ状態。ストレスによる精神への負荷は限界に近づいていた。


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


暫く放心していた事で俺は少し冷静になれた。

スマホかと膨れあがった期待を見事に打ち砕いたボロい布袋を親の仇を見るように一瞥してから一応確認しようと摘むと、視界に文字が写った。

「うわっ…」

びっくりした俺はつい持っていた袋を落とす。

すると視界に写った文字が消えた。

「え…なにこれ…」

全く頭がついていかない。脳が思考を放棄している。

あまりの出来事に、猿のように行動してしまう。

未知の物体(ボロい布袋)を警戒心を抱きながらも興味が打ち勝ち、反射的に摘む。

するとまた文字が写った。今度はしっかりと持ち、文字を読む。


___________________


無限(インフィニティ)胃袋(ストマック)


この世のありとあらゆる物を収容できる魔法袋(マジックバッグ)

ただし、非生物に限る。



中身を参照しますか?

YES/NO


___________________


「えー…と…はい?」

よく理解出来ない俺は何度も何度も馬鹿みたいに繰り返し読む。いや、言葉としての意味は理解出来る。

でも内容と状況が理解出来ない。

えーこれ、胃袋なんだー気持ちわるいねー。

とかどうでも良い考えだけが頭の中にループする


そもそも魔法とかって書いてあるし。なんでもしまえる魔法のバッグってことはナニかい、青い狸が持ってる四○元ポケットみたいな物ってことかい。あははは。なんだそりゃ。


まあ、でもこんな常識じゃあ考えられないアイテムのお陰で一つの希望が出てきた。


これはゲームだ。うん。間違いない。

多分島崎辺りが悪ふざけで酔った俺にゲームをさせたんだな。

VR(バーチャルリアリティ)っていうの?最近のゲームって凄いもんね。


「…この分だとバイトは無断欠勤だな…はぁ」

「とりあえずログアウトだけでもして、今からでも謝罪の電話いれるか」

「どっかにアイコンでもあればわかりやすいんだけど…ぱっと見視界にはなんもないな…どこで切るんだろ、これ」

適当に目の前の空間を手でフリックしてみるが、なにも起こらない。その場で跳んでも跳ねても回ってもなにも起こらない。

15分程度身体を使って動いてみたけどどうする事も出来なかった。

その時、ふと違和感に気付いた。

「あれ、そういや疲れてないな。」

あれ程15分もの間身体を動かし続けたのに、呼吸すら上がっていない。

まぁ、ゲームだし寧ろそれが普通なのかと気にしない事にする。

なにか、まだ引っかかる違和感がある気がするが、なんなのかはわからない。


そんな事を思っていると、なにやら森が騒がしくなって来た気がした。

微かに悲鳴の様なものが聴こえてくる。

暫く音の先を注視していると段々と近づいてくるのがわかった。

あと数十秒もしたらここを通るだろう。

こんな良くわからない状況でそんな場面には鉢合わせたくない。

俺は咄嗟に木の陰に隠れる。周囲の木はかなりの大木で、大人数人程度なら余裕で隠れられそうな程だ。


音の主がもうそこ迄来ている。そろそろ目視できるだろう。俺はゆっくりと注意深く、顔を覗かせる。


「っ……」


そこには、泥だらけになりながら、必死の形相で駆けてくる少女が居た。その肌は傷だらけで痛々しく、かなりの血が流れている。

髪はボサボサで、顔は涙と鼻水でドボドボになっている。


その背後から少女の三倍はありそうな体躯の狼に似た生き物が走って来ている。

狼に似たというのは、余りにも大きすぎる上に、片方の前脚には不自然な程の、鎌の様に鋭い大爪が付いているからだ。

喩えるならば、シオマネキの様にアンバランスな爪を持った狼だった。

あれ程の生き物に追いかけられたら人間なんて一瞬で餌になるだろう。あの少女が未だそうなっていないのは、あの狼が甚振るのを愉しんでいるからだろう。いつ少女が物言わぬ肉塊となってもおかしくはない。

そう思うと、俺は咄嗟に少女の前へと飛び出していた。


いきなり森から飛び出した俺を見た少女は目を大きく見開き、絶望の内に諦めた様に立ち止まった。


「あぁ…前からも魔物(・・)…」


少女の呟きはよく聞こえなかったが、呆然と立ち止まった少女に狼はどんどん近づいてくる。

俺はその少女に苛立ちと焦りを感じ、つい叫んだ。


「なにをしているっ!死にたいのか!!」


俺がそう叫ぶと諦めた様に立っていた少女は今までの絶望ですら生温いとでも言うように、大きな驚愕と恐怖に顔を歪めたかと思うと、糸が切れて制御が出来なくなった人形のようにフッと倒れ込んだ。


さっきまでゲームだと思っていた筈なのに、状況がリアル過ぎてそんな考えもトんでしまっていた。

全く状況の理解出来ない俺でもこのままでは狼に喰われて終わるという事ぐらいはわかる。


俺は迫る狼と少女の間に立つ。

目の前まで来て唸る狼を間近で見ると余りの異様さに本能的な恐怖が沸き起こる。

ゴワゴワと針のように強張る毛。山のように隆起する前脚の筋肉。脈動する血管。腹の底から響くような重低音。生温かい吐息。噎せ返る程のケモノの臭い。

膨大な五感からの情報と、圧倒的な質量を前に為す術なく立ち尽くす俺に狼の巨大な右前脚が迫った。


ゴゥッ


「ぁ…死ッ…」


一瞬で死を覚悟した俺は、モロに狼の必殺の一撃を受け、近くの大木の幹まで吹き飛ばされ、崩れ落ちた。

少女の狩りの邪魔をした俺は狼にとって不愉快な存在でしかなかったのだろう。其処には慈悲も無く、ただ弱肉強食の掟があるだけであった。


尤も、それは狼が強者であればの話。


一撃を受け、瀕死の重傷を負った俺は暫く蹲って戦々恐々としていた。

どうやら生きてはいるらしいが、自身の惨状が怖くて確認出来ない。不思議とまだ痛みは少ないが、視認した瞬間に怒涛のように痛みが襲って来て、苦しみながら死んでしまうんじゃないかと思うととてもじゃないが、目を開けられない。

そう思っていると、俺を仕留めたと思った狼が少女の方へ歩いて行くのが音でわかる。

このままでは少女は狼の胃袋に収められてしまうだろう。結局そんな事になるのなら俺が立ちはだかった意味なんて無いじゃないか。今俺が起きあがらなくてどうするんだ。

自分を叱咤し、固く閉じていた瞼をゆっくりと開けていく。

そこに映った俺の身体にはどういうことか、傷一つ付いていなかった。

より正確には俺の着ていた服は鎌の様な爪のせいでズタズタになっていたが、下の肉体にはその跡は見られなかった。

俺は驚きに支配されながらも、そんな場合ではないと立ち上がる。

「っ…」


確かに俺の身体には傷は見られなかったが、殴られた(裂かれた?)わき腹辺りが若干の鈍痛を伝えていた。

でもこの程度ならば全く問題はない。

俺は強い意志を込めて狼を睨んだ。


俺が何事もない様に立ち上がる姿に気が付いた狼は、不機嫌そうに唸り声を上げながら此方を睨んでいる。どうやら邪魔者を始末してからゆっくりと食事を愉しみたいらしい。一瞬だけ睨み合いになる。が、直ぐに狼が動いた。


「グルグァァァァァアアアアアア」

今までで一際大きく唸り声を上げ不愉快さを示しながら全身のバネを使いゼロスピードから一気に数十キロにまで加速して体重を乗せた一撃を放ってくる。

先ほどの一撃をほぼ無傷で受け止めた俺は大丈夫だとわかっていても、本能的な恐怖を前にどうすることも出来ない。


「グッ…ぁ…ぁ」


咄嗟に足を動かそうとしたが、またまともに喰らってしまった。

だが、今回は吹き飛ばされても直ぐに立ち上がる事が出来た。態勢を立て直そうとしたが、先ほどの一撃で学習した狼も既に距離を詰めて左前脚を振りかぶっている。

これは避けられると思って身体を捻った瞬間に狼の一撃が空中でピタリと止まる。


ヤバいっ…フェイントかっ


気が付いた時には捻った背中側を巨大な右前脚で切り裂かれていた。


クソッ…いい様に遊ばれてる…

勢いに任せてゴロゴロと地面を転がりながら距離を取る。

やっぱり爪を喰らっても致命的な傷は受けないが、これだけ蓄積されると全身打撲と同じように痛みを感じる。


どうするッ…致命傷は避けられてもこのままじゃあ嬲り殺しにされる…かといって俺にあの狼を倒す方法なんてあるのかっ?


全身に嫌な汗が噴き出る。


よし…考え方を変える。

とりあえず最優先は女の子が目が覚めた時、逃げられる様に狼を女の子から引き離して戦う。

充分狼を引き離したら、俺も狼から離脱する。


現状俺にはこの狼を倒す手段が無いんだ。消極的でもこれが考え得る最善だと思う。


俺の考えを知ってか知らずか、相変わらず不機嫌そうな狼が俺の方に駆けてくる。

それを確認した俺は狼に背を向けて全力で走り出した。

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