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スクルドの帰還

 琥珀は「お風呂に入ってきます」と言って、オレを書庫の中に置いて何処かへ行ってしまった。


 お風呂がこの屋敷の何処にあるのか、オレには見当もつかないので、大人しく待っているしかなかった。

 琥珀は、オレに読み聞かせる為の絵本を沢山用意してくれた。


 この部屋は――沢山物語があって、世界中の物語を集めた部屋らしい。

 聞いたこともない見たこともない物ばかりが集まっていて、俺はそっと本棚へ手を伸ばそうとした。


 ――かさ、と琥珀が置いていった荷物の中で、置き場が不安定だったからか、絵本が落ちる。

 元の正しい位置に直さないと、と思って絵本を手に取り、つい中身を見てしまう。


『おじいさんの古時計』


 タイトルにはそんな名前が書いてあるのに、目次があって、目次には「ヨダカの星」「シンデレラ」「不思議の国のアリス」「注文の多い料理店」「幸せの青い鳥」とばらばらな物語タイトルが羅列していた。

 本の続きを、ページを開いて読んでみる。


『リカオンが屋敷にきました。

リカオンは頼を屋敷から解き放つためたすけようとひっしでした。

しかし、頼には助けようとする皆が死んでいくさまをみつづけるしかできなかったのです。

なぜなら、このとき頼以外の者に物語はなかったからでした。

頼はかんがえました、どうしたらリカオンにものがたりを与えて、にがすことができるのか。

りょうりにされずにすむのか。

頼はふときづきました、おおきなふるどけい。

じかんとともだちになれるかのうせいのある、とうじょうじんぶつをおもいだしました。

じぶんがヨダカの物語をすてて、大きな古時計のおじいさんになることでした。

頼はりっぱなカトラリーをつかって、時間を巻き戻した――さて、ここから頼のくろうははじまるのです。

皆にわすれつづけられる、永久の物語……

おわらない物語の苦痛、死ぬ行為すら許されない生き地獄……


これより、この絵本に描かれるのは貴方の物語。


この絵本を持つ貴方に訪れた過去を全て書きましょう。貴方は、童話ではなく神話になる。


ウルドとなり、過去の全てを引き継ぐ。


ウルドは未来を変え、ヴェルダンディは過去を変え、スクルドは現在を変えることができる。

最初のウルドは頼、ヴェルダンディはリカオン、スクルドはロワ。この三人は、物語を変えられる。貴方は、この屋敷の主になるのです』



 新しいページができて、そこには「ノルニル」と書かれていた。

 喉から何か、言葉が零れそうになる前に飲み込んでしまう。

 言葉が溢れそうになるのに、溢れる言葉の濃度が濃すぎて興奮を飲み込むしかできない。

 ディース、お前は――忘れられ続けられていた?

 お前はあんなに苦しんでいた。

 お前はあんなに「もうやめろ」と足掻いていた。


 全ての者を救うために選んだ方法が、お前にとっては苦難で間違えていた。

 だから、お前が時計を受け継ぐ前に、オレとリカオンがどうにかしようと……。





 待て。


 待て、オレは何を考えている?


 今考えた出来事は、「今のオレ」についぞ記憶はない。「千鶴」であるオレの記憶ではない。

 震える手がページを捲る、捲ると白い兎の絵が描かれていた。



『守りたかったのでした、小さな幸せを』


 ディースの声で、本の内容が脳内で読まれる!



 やめろ、これ以上やめろ! 思い出したら、オレは――オレはきっと「してはいけない後悔」をしなくちゃいけなくなる!


 皆が、皆が選んだ道を否定しようとする!


 オレは、オレ自身が幸せだとちっとも思わなかった。

 本音を言えば、寂しかった。ディースや頼がいても、オレは家族じゃない。


 いつかはその二人から離れていく存在。


 でも、オレはオレは――本当は側にいたくて。頼を忘れないという恩を着せて……。



『頼は、誰から見ても、紛うことなく美しい蒼い燐の鳥でしたが、子兎には同類なのでちゃんと世界中で一番醜い獣に見えていたのでした』


 頼を唯一忘れていないという立場を利用して、オレという存在が消えても「ディースにとって永遠の存在」にしたかったんだ――。




 ディース、何もかも。

 何もかも思い出したのに、嬉しくない。

 お前達の物語、全て思い出した。オレは絵本を手に取ったまま、部屋から飛び出した。

 目から零れる液体など無視しよう。


 この鼓動は、いったいどうして? 何故まだオレが生きているの?

 もしかして、誰かがウルドを引き継いでいるの――?

「ノルニル」のページを開いたら、この時空ではウルド達が別人になっていた。


 ウルドはリトル、ヴェルダンディは親父、スクルドはオレ――と書かれていた。



『ウルドになることで物語の全容を知る読者となれるでしょう。


ヴェルダンディとなることで望みが叶えられるでしょう。


スクルドとなることで結末を変えられるでしょう――


この島で、ノルン三姉妹の役割はそうなっています』


 ノルニルの本来の女神の在り方とは違うのだと、絵本は主張している。

 勝利をもたらすのではなく、過去現在未来を司るだけの存在なのだと。

 それぞれ意味する時代に意図する在り方を、持ち合わせていると書かれている。



『ディースが生まれてから、ウルドの名前は別の人へ譲られました。この時空はまったく新しい時空。今までの三姉妹の宿主も変わりました。この新しい時空ではウルドは、――琥珀でしたが、ディースが『物語』を作る行為によって、リトルへ移動しました』


 ごくん、と喉が鳴って、俺は駆け出す。絵本に書かれた内容が脳裏に過ぎった現実に、怯えて必死に琥珀を探す。


 「未来のチルチル」は、全て教えてくれる。


 絵本に書いてあった――チルチルがどういう存在で、何者なのか。

 何を思って、今を生きているか。

 若い時代と違って、正気を取り戻しているとも。


 オレは、「未来のチルチル」がいるだろう場所へ、転びそうになりながら走り出した。


「琥珀――琥珀!」


 君が生きているなら、教えてよ。琥珀チルチル

頼が、ヨダカ(鳥)だからこそ、頼に拘っていた琥珀チルチル

というのを明かすまで長かった……。

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