巻き戻る「今」
船から下りて、島に着くなり時計台へと向かった。
以前はオレの住処だったのに今では懐かしい思いが過ぎるから、人の心って存外素っ気ないものなのだな、って寂しさが募った。
勝手にオレが去っていったのに、勝手にオレが住処を変えたというのに。
時計台は灰色のコンクリートで出来ていて、時計盤には針がなかった。
それなのに鐘を鳴らす場所はある。オレは時計台を住処にしてから、鐘がなった覚えなんて一度もなかった。
どんな音が鳴るんだろう、あの鐘は。綺麗な音だと良い、オレの親が時計台だというのなら。
誰だって自分を産んでくれた親には綺麗でいてほしいだろう? 願いはいつだって、一般的な物だ。人が願う物に、並はずれた願いなんて少ないと思う。
時計台に着くと、頼は人相が悪い笑みを浮かべた。
「鐘を鳴らすと良い。時間が巡る、アンタが巡りたい時間の分だけ。アンタの庭に向かうようなものだ。ルールは覚えてるよな、食べ物と飲み物を摂取する、絶対に。ばーさんに聞いたんだけれどな、過去に向かうときって過去の自分は存在しなくなって、時間を巡ってるお前に変わるんだとさ。俺から言えるのはただ一つ、ディヴィットに注意しな」
「頼はどうするんだ?」
「――俺? そうだな……祖父さんとばーさんがどうなるか確認しにいくかな」
「……待ち合わせよう」
「オーケイ。それじゃ、お前は十八時に戻ってこい。今日の日付でな」
「判った――……色々有難う、頼。疑ってごめん」
頼はフンと苦笑するとオレに親指でクイと鐘を示した。オレは鐘を鳴らすために、時計台の中の階段を上り、最上階に着くと鐘に繋がってる太いヒモを手にする。
ヒモを手にすると不思議と、「今」という時間の定義があやふやになっていく。
「今」という時間は何をもってして「今」なのだろう、過去にも未来にも一瞬でなるというのに、どうやったら「今」と言えるのだろう。
「今」を決めるのはきっと自分だ――そう判った瞬間に、ヒモを両手で体重を預けるように引っ張った。
鐘が盛大に鳴る――がらぁあんがらぁんごろぉんごろぉん。
少し錆びた金属音が振動して伝わってくる、嗚呼、景色が遠ざかっていく。
夜と昼が何度も行き来する、何度も消えていく昼、何度も終わっていく夜。
いや、時間を戻しているのだから、終わるんじゃない、還っていくんだ。
長い長い――気が遠くなるほど昼夜を感じ取り、鐘が鳴り終わる頃には、外は真っ白だった。
雪が。吹雪いていた。島ではあり得ない、雪なんて。でも、白い結晶が、大きな風の渦に巻き込まれ、寒さを感じた。
側には黒い屋敷があった。




