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未来の孤独なディース

 オレに石を投げた奴らだった、嗚呼、汐淡島の人達だ。皆、ディースが死にそうなのに、にやにやとしていた。

 心配で付き添っているのではないというのが一目で分かるから、不愉快だ。


「ようやくくたばってくれるんだな」


 汐淡島でよく見かける漁師の一人が、気色悪い笑みを浮かべたまま呟いた。

 漁師に釣られるように、同乗してた島の人々が「やっとだ」「長かったな」と、何かの演説が終わったときのような感想で話し出している。


「答と問、どっちに分配するかはリトル次第だとよ。梨花が無関係なのだけは、爺さんに感謝するよ」

「リトルに決めて貰おう、どっちに入るか。梨花なんてあんな女の意見は本来はいらんのだ。リトルも諦めればいいものを……。いい加減島もぼろぼろだしな……どっちに入るとしても、島の補強は絶対するんだぞ、いいな」

「ありがてェ、これで明日のご飯も保証されるわな」


 何か相当目出度い出来事があったかのような大きな笑い声。

 ――……オレが動くよりも早く、リカオンがオレを引っ張って、陰に隠れて、教えてくれる。


「ディースはあいつらに殺される運命なんだよ――自然死だろうと何だろうと、私は認めない。人の意志で人は死ぬ」


 リカオンとオレの周りで、また朝と夜が繰り返される。

 少し目眩がしそうな早さに瞬いてしまい、オレは「ディース」と叫んだ。

 叫びでさえ、時間の中では無力で。いや、最初から叫びだけならば無力なんだ。

 リカオンが手を離す頃には、夏の暑さは無くなっていて、掻いていた汗が冷えて寒い。

 真冬そのもので、オレは小動物が獲物になるのを待って怯えるように震えていた。


「この運命を私とリトルは知っている。リトルには私が話した、ディースには黙っていようって二人で決めた。けれど、聡い人だから……悲しいよね、残酷だよね。聡いってさ、知りたくなくって知らなくていい出来事でも判ってしまうんだよ」


 リカオンは時間が戻るなり、また建物の中に入り、同じ品を買ってきた。

 オレは手渡されて、食べる――食べる。喉に染みこむ水分は、涙のようで。

 悔しい、悲しい、酷い。感情が渦巻いたまま、パンを囓り咀嚼して。

 味なんて感じない、ただひたすら空腹を満たす為に、食べるだけ。こんな行為寂しい、命を受け継ぐ行為を馬鹿にしてる。食べるという行為はもっと神聖であるはずなのに。

 でも、そうせずにはいられなかった。

 オレが一気にパンを食べて、一気にコーヒー牛乳をぐびぐびと飲み干すと、リカオンはオレの頭を撫でた。



 オレは自然と言葉が漏れた――。




「あんな人生認めない」

「千鶴?」

「どうやったらあんな人生になるんだ? どこを直したらああならないんだ? ディースも頼もリカオンも願わなくて良い。オレが願う、ディースのあんな最期、認めない! ディースの運命を変えたい!」



 ――今まで自分に生命の迸りを感じた覚えはなかった。どんな時でも、どこか一歩遠くにいる自分を感じていたんだ。


 怒るなんてしなかった、食べるなんて嫌だった。


 でもどちらもそれは生命を意味していた――怒りは生命に近い。食事は生命を頂いている。どちらも知らなかったオレは生きてなかったんだ、それじゃ人間じゃなくて当たり前じゃないか。


 オレは、怒りたい。


 怒って、ディースの運命を変えてから、頼とリカオン、それからディースと食事したい。

 三人とリカオンのチーズケーキを食べたい。

 怒りで全身に血が沸騰しそうな感覚、それによって命を感じる。わななと手が震え、それをじっと見つめる。じっと見つめた後に、掌をぎゅっと握り込み額に当てる。


 燃えるような、マグマの中にいるような熱さ。ぐらぐらと心の奥底に揺らめく金色の炎。怒りの色って何色かは判らないけれど、なんとなく金色のような気がした。

 金色の炎がオレの中で揺らめいて、高く高く天へ昇りつめようとしている。天――オレの理性へ、本能が攻撃してくる。


 奮え奮え――金色の炎の天に、狼煙が昇っていく。


 怒れ、騒げ、と。拳を下ろして、リカオンを見つめる。


 リカオンの両手を握って、必死で頼み込む。


「お願いだ、時間移動のやり方を教えてくれ。ディースを死なせたくない」

「千鶴、それはね、駄目だよ――ディースも願ったんだ、過去に君へ。私を死なせたくないって願いながら、君と出会い。君によって我が家の歴史が変わった。そうして今の私がいる。どれだけ辛かったのかは君の想像に任せるよ、君は人の痛みに気づかない子ではないんだ。それでも私がこうして生きるのは、君に普通の子として生きる人生を与えたいからだ……同じ目に遭わせてしまうかもしれないから、私は断るよ」

「なぁ、過去に何があったんだ? ずっとお前達は今のオレじゃなく、過去のオレを見ている、どうして教えてくれないんだ?」



 オレが大声で感情を爆発させるように訴えると、リカオンは一瞬泣きそうな顔をした。

 泣きそうだ辛い、って顔をした癖に、平気なふりして笑顔になる。

 リカオン、どうして教えてくれないんだ。どうして辛いものを辛いってオレに教えてくれないんだ。


 オレは、こんなにもお前達の力になりたいのに。


 どうして――どうして何もさせてくれないんだ、お前達はオレが命よりも大事なように扱うのに。

 どうしてオレには悲しみの一つも触れさせてくれないんだ、痛みを共有させてくれないんだ?



「私達は君とばいばいしたくないんだ――もう、『四人』のうち誰かが消えるのも嫌なんだ。一人はもういないけど……また一人だけ残していくのも……絶対に嫌なんだ」



 リカオンはすまないと笑っているのに、どこかその表情は泣き顔よりも凄惨な気がした。




この章はこれで終わりです。

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