ウルドにとってのジュリエット
オレは辺りをきょろきょろしてどうすればいいのか悩む。
案内には、外科、整形外科、内科、など色々な言葉が書いてあったけれど。
オレにはよく判らないものだった。
きょろきょろしてる内に、誰かとぶつかる――綺麗な優しい声。
「……ッあ」
「――あ……す、すまない」
肩までの、艶々とした黒い髪の毛。穏やかな瞳も綺麗な黒水晶みたいで、薄幸美人という言葉が似合いそうな女性だった。
部屋着姿に、杖をついて歩いていたようだった。オレと視線が合うと、女性は遠慮がちにはにかんだ。
「ウサギみたいな毛並みですね――白い王子様みたい」
「――あ、ああ、そうだな?」
人をいきなりウサギのようだと比喩するのに、驚いた。
変わった女性だ、と瞬いて観察していると、女性は懐かしい物でも見る目つきをオレに向けた。
「――また、悲しむんですね」
「ぬ?」
「また……また、あの人も貴方たちも悲しんで、此処へやってきたんですね……あの人を、ウルドを嫌わないでください……お願いします」
――女性の言葉は雲を掴むような、得体の知れない寂しさだった。
ウルド、という単語に酷く懐かしみを感じて、オレは小さく呟いた。
「お前は誰だ?」
「……私は、……恐らくウルドにとってのジュリエットです」
ジュリエットという名前が、冗句じみているのは分かっている。
しかし半ば本気で言ってる気配もするのでリアクションに困る。
「すみません……あと……できれば……――看護婦さんを……」
ジュリエットだと名乗った女性は微苦笑を浮かべた後に、ずるずるとそのまま倒れて、オレは息を呑んだ。
慌ててその場にいた人に声をかけると、白い格好の人達が何人もやってきて「梨花さん! しっかり!」と、声をかけながら何処かへ運んでいった。
茫然としていると、リカオンが呼ぶ声が聞こえる。
リカオンはオレを見つけると、手招きして、車の出入りが多そうな所へ移動した。
移動すると、リカオンはチーズ蒸しパンと、コーヒー牛乳の紙パックをオレに手渡した。
オレはチーズ蒸しパンの袋を手にすると、生まれて初めて空腹というものを感じて、本能的に袋をびりびりと破いてチーズ蒸しパンを噛みつくように口にした。
どこかしっとりとした口溶けなのに、水分が欲しくなる不思議なパン。
チーズの匂いは、柔らかく鼻から抜けて、強すぎはしない。
リカオンのチーズケーキ程ではないけれど、ふわふわとした食感が咀嚼しやすくて。
けれど、水分に飢えているから、紙パックのコーヒー牛乳を慌てて口にする。
嗚呼、優しい優しいまろやかな味わいが喉を通り、潤していく。
夢中で紙パックのコーヒー牛乳を飲んでいると、ウーロン茶を口にしているリカオンが親指で建物の中をくいっと示す。
「あの女の子にはもう関わっちゃ駄目だよ。時間移動した先では。リトルと関係が深すぎるんだ。リトルとシンちゃんは……梨花とは……いや、何でもない。リトルに気づかれて何かされるのは厄介だ。あの女の子は綾瀬 梨花っていうんだ」
梨花、口に出して呟いてみてから、頼と梨花の関係性を考え込む――そうこうしている内に、遠くから耳が痛くなるようなサイレンを放って白い車がやってくる。
「もう少しだ、もう少し、頑張るんだ、お爺さん!」
白い服を着た人が車から降りて、老人を運びながら呼びかけて移動している。
老人は、ディースだった。ディースはぴくりともせず、じっとしている。
顔色は青白いを通り越して土気色だ、人って危険な顔色になるとああいう色になるんだと身が竦む。
白い車から遅れて誰かが出てくる――顔に見覚えがあった。




