千鶴に描いてある顔
オレが睨み付けるとディースは微苦笑を浮かべて、言い訳をしようとしなかった。
ディースが老いているからこそ寿命が短い、仕方ない、といった意味合いにも見えた。
オレはカトラリーをじっと見つめて、スープを食べるスプーンはどれなのかを考えた。
丸い綺麗な円形状のものに柄がついている物を手に取ると、ディースは「よく判ったね」と笑いかけてきた。
「スープスプーンというんだよ」
「こっちはなんだ?」
「ブイヨンスプーン」
一回り小さいだけの物とスープスプーンの用途の違いがよく分からなかった。
スープスプーンを使おうとすると、ディースが殺菌用ウェットティッシュで拭いてくれて、手渡してくれた。
オレは、スープスプーンを手に、どう食べようか悩んだ。
「手前から向こう側に掬って食べるよ。啜らないようにね」
言われたとおり、手前から向こう側に掬って、じっと見つめる。
トマトの色が色濃く出ていて、その中に入っているのは、にんじん。セロリにキャベツ、シメジにベーコン。それから、缶詰のトマトと、煮豆。
少し香るのは粉チーズの匂いと、黒胡椒。
そっと口に含んでみる。野菜のしんなりとしていても、崩れないしゃきしゃき感が美味しくて。
噛むと素材からじゅわっと水分が飛び出して、口の中を潤してくれる。トマトベースのスープがよく野菜に染みていて、噛むとトマトの酸味とちょっとした甘みが感じる。
飲み込むとまた一口食べたくなって、スプーンを掬う。
トマトの酸味が程よく食欲をそそる、嗚呼、たまねぎも入っているんだ。
ディースの作ったトマトと豆のスープは、オレの好物になってもおかしくないくらい、とても深い味だった。
どこか懐かしいような感覚もする、親しみやすいスープ。
――食べる行為は苦手だった。野菜だって生き物で、ベーコンだって元は動物で。
命を口にして、命を吸収するのはオレには必要ないのに。オレは食べなくたって生きていける人なんだから。
命は尊い。自分がいつから存在しているのかよく判らないけれど、ずっとどんな時も心にあるのは、命が尊いという思い。
尊い命は、次の命を守るためにある。命は次の命に託していく、それが食べるという行為だ。
でも、自分は、食べなくても平気なのだから――。
「ちーちゃん、君が食べるのが嫌じゃなくなるまで、うちにいなさい」
「え……どうしてだ?」
「……君は自分をどう思う? 人の幸せには、食べる瞬間だってある。皆が物を食べて、これが美味しいあれが美味しいって話し合う。君はその幸せを共有できずに、『仲間に入れて欲しい』と顔に書くのかい?」
「そんな文字顔に書かない……」
「君は書いてないと思っていても、皆は思うよ。私だってリトルだってすぐに気づいた。君は寂しいって顔をしている」
ディースはドライマンゴーを口にしながら、オレの頭をよしよしと撫でた。
撫でてくれているのに言葉は辛辣で、オレはディースの言葉に胸が刺された。
寂しいって――表に出してるつもりはなかった。寂しいって思っても、我慢しようって思っていた。
我慢するのは楽だった、求めて拒絶されるより、石を投げられて怪我をするよりか。
一番悲しいのは、投げられた石で怪我をして、血を見たとき。
手で触れると赤い液体が、たしかにオレは拒絶されたんだって意味していて、悲しかった。
そんな時は決まって目を硬く瞑り――深呼吸をしていた。今みたいに。




