朝ご飯
「おはよう、ちーちゃん。顔を洗っておいで?」
ディースが元気にキッチンで料理をしていた。鼻歌は自作なのか、元から誰かが作ったのか判らないけれど、音痴なのにひどく耳に馴染むものだった。
俺は顔を洗って、自然乾燥でもしようかと思っていたら、「タオル使って良いよ」と言われたので、手近なタオルを使わせて貰った。
何かを煮込んでいる匂いはキッチンからしていた、オレも食べなきゃいけないのだろうか? 思案し躊躇っていると、ディースと目があった。
「ちーちゃん食べるの嫌いだろう?」
オレは頷いた。何だかディースはオレのことを全部知っていてもおかしくない感覚に包まれる。気のせいだというのに。
「でもね、食べなきゃならないんだよ。食べなきゃ、生きるって行為に繋がらないんだ。ちーちゃんは生きなきゃいけない」
「食べないと生きていないのか?」
「食べなくても生きることはできる人もいるだろうね――でも他の命を頂いて、自分の命を繋ぐ。ちーちゃんはそういうのが大事なんじゃないかね」
「……なぜ知ってる?」
「リトルから第一声を聞いたんだ、『火は命なのに、火で命を奪う行為をするのか?』って言葉はなんだか……命をとても大事にしてるから、年寄りの勘かね」
ディースは白い器に煮込んだ豆のスープをよそって、楽しそうだ。
二つよそうと、「食べようか」と笑いかけてきた。頼の分はいいのだろうか。
「頼は?」
「あの子は畑に行ったよ。あの子はさっさとパンを囓って行ってしまった、可愛くない孫だね。山でもね、育つ野菜があるんだよ」
くっくと可笑しそうにディースは笑うと、スープの入った皿をテーブルの前に置いた。
オレはじっとスープを見つめてから、ディースに問いかける。
「食べなきゃいけないのか?」
食事のメニューに文句があるわけではない、寧ろトマト味であることが予想されるこのスープはとても良い匂い。見目も綺麗なんだ。
だけど物を食べる行為はどうにも――神聖で汚したくない。
「ちーちゃんはね、私が死んでも生きなきゃいけない。生きていくのに必要なんだよ。誰かと一緒に物を食べるというのは、コミュニケーションの一つだ。そうだ、ちーちゃんにいいものをあげよう」
ディースは台所に戻って引き出しを開けて、閉まってあった何かを取り出す。何かのケースのようだ。ディースはオレの近くに戻ってきて、うきうきとケースを手渡してきた。
「あげる」
「……お返しする物が何もない」
「いいんだ、子供が遠慮なんかするんじゃない」
ディースはからからと笑って、席について「いただきます」とスープを食べ始めた。スープの出来はいいみたいで、美味しそうにスプーンを口に運んでいる。
オレは受け取ったケースを開けて、目を瞬かせた。カトラリーセットだ。
綺麗な――銀のスプーンやナイフ、フォークがぎっしり詰まっている。
オレはカトラリーセットを見つめてから、ディースへ視線を向けた。
「使う機会がない。島の人とオレは食事しない、今日だって誰かと食べるのは二回目だ」
「私は老い先短いけれど、君は若い。これから一緒に食べる誰かを見つけなさい」
「寂しい話をするな、ディース」




