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千鶴という名前

 オレは焦って、声がうわずった。


「火は命なのに、火で命を奪う行為をするのか?」


 返事としては若干おかしい。焚き火は本来は、暖まるだけではなく、物を焼く行為でもあるんだ。なのに否定しようとしている。

 赤毛の男はまた瞬いてから、大笑いしていた――オレは気まずかった。


「気難しい奴だな、切っ掛け作ってやったのに文句言いやがる」

「切っ掛け?」

「テメェ、何かずっとオレに話しかけようとしてただろ――気づいたのは、一ヶ月前くらいだったけどな」


 き、気づかれていたのか――じゃあ先ほどの言葉は、オレを気遣って声をかけてくれたのか……お、オレはなんと酷い返事をしてしまったんだ。

 オレが言葉に悩んでいると、赤毛の男は焚き火の近くまできて、腰掛けた。


「オレは頼だ。お前は?」

「オレは――名前がない」

「あのな……赤ん坊じゃねェんだぞ? 何かあるだろ、名前」


 頼は不思議そうな声を出して、焚き火に小枝を入れて、焚き火の継続を願った。

 そう言われてもオレは――どうやら記憶喪失というやつで。

 何故か気づけばこの島にいて、こんな暮らし方をしていた。もう一つ不思議な出来事がある。それはオレが腹を減らさないという出来事だった。

 普通食べ物を食べなければ生きていけない筈なのに、オレは食べ物を食べなくても生きていける。




(異常だって判っているよ――名前を覚えてないのも、物を食べないのも)


 どれくらい食べなくて生きられるか試したら、きりがなくなるくらい平気だったので以来人前以外では食べない。

 物を食べないからか、オレは命に憧れた。物を食べて生きるという行為は、命を継いでいく行為に見えて、神聖に思えた。特に肉や魚は。

 一瞬前まで生きていた物を狩って、焼いて口に入れるという行為は、オレにとっては儀式のように見えたんだ。

 こんな話をしたら怯えられそうで、怖くて何も言えなかった。

 せっかく、話しかけてくれたのに、また石を投げられたら怖い。


「オレは記憶喪失……なんだ」


 嘘じゃない。ただ多くの情報を言わないだけで。一部の真実を口にしている。

 頼は、ふぅんと頷いて、そこらにあった木の枝に、何の肉かは判らないけれど干し肉を突き刺して焚き火で炙ろうとしていた。


「じゃあ何か名前つけてやるよ、お前、好きなもんは何だ?」

「……好きなものなんてない」

「寂しい奴だな」


 頼の声はからかいと好奇心に満ちていたが、不思議と嫌な気持ちは起きなかった。

 オレは、そうか寂しい奴だったのか、と思ったがふと好きなものを思い出す。


「夕闇は好きだ、それから花も。火も好きだ」


 考えながら、ぼそぼそと口にしてみると、本当に愛しく思えるから、言葉の力は偉大だ。

 どうだ、これなら寂しい奴じゃないだろう、と誇らしく思っていると頼は感心したようだった。

 干し肉の焼き加減を見ながら、時々刺す位置を変えて、調整している。


「何か人間的じゃねェな。動物的だ、不思議な奴だな」

「動物……」

「んーそれとも違うか。なんつーの、ロマンチックな雰囲気? じゃあ、千鶴ちづるなんて名前どうだ? 縁起良いだろ」


 千鶴……千羽鶴のことだろうか?

 オレはなぜその名前を選んだのか問いかけると、頼は水筒を取り出しながら笑いかけてきた。


「なんか動物だけど紙だから、幻想的かなって思ってな」


 そんな風に考えられる頼のほうがよっぽどロマンチストってやつだと思った。

 だって紙は紙だとしかオレには思えないからだ。


 頼は水筒に口をつけようとして、中身がなかったのか、川辺に一旦水を汲みに行く。

 水筒は手彫りの竹でできた奴だった。水を汲み終わると、頼はその場で水を飲んで、また川の水を水筒に足した。戻ってきて、「川は冷たい」と水滴をぱっぱっと払っていた。

 オレは貰った名前について、考えていた。口に馴染む、不思議な音。


「いい名前だろ? きっと、お前に似合う。いや、お前にはこの名前が……一番だ」

「……ああ。不思議だ、オレ、頼と会話してる。他人と会話するの久しぶりだ」

「ああ、お前は、いつも人里来ねぇよな」

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