新たな幕開け
ここからはロワが主人公です。
長い長い時間をかけて下りた幕の裏。
絵本の役者が揃う、エンドロールの先の話。
ヨダカを苦しめていた屋敷から不気味さは消えて、現実と夢が融合する不思議な空間になっていた。
幕の裏にしては、真っ白い色素が多いような空間。
屋敷の外にあるような黒い森が、白い空間の中にあって永遠に黒い森が続くような。
皆の物語が終わった証に、日付は十二月三十一日という終焉の瀬戸際から、一月一日という始まりの地点になっていた。
いわゆる元旦だ。赤い朝焼けが、白い空間に映り込もうとしている。
黒い影絵のような森の先に、一匹の兎がいた。側には、ワイングラス、上等の赤ワイン。ワイングラスの中には凍ったグレープが入っていて、グラスの中の液体の味を濃厚にする役割をしていた。口にすればきっとしゃりしゃりと、舌で食感を楽しめるのだろう。
兎は、待ち人がくると、鼻をひくひくとさせた。
固体で言うと物語として四つの違和感。人数で言うならば、四人。
「いらっしゃい。貴方がきたのなら、私の息子は死んだわけですね。貴方達を守って」
「……何も。何も言い訳はしない」
一つめの違和感。頼という存在。誰も愛していないからこそ、皆を救おうとする究極の博愛者。
頼は宝石でできた懐中時計を手にして、それを目の前の白ウサギの姿をした紳士に手渡そうとする。
それはかつて、白ウサギの持っていた時計だった。息子へ、受け継がせようと渡したものだった。
時間を操り、時間と勝負できる、時間を掌握したものを形にしたものだった。
可愛い可愛い息子のために、見目も工夫して、きらきらと綺麗な時計にした。どうかあの時計を息子が気に入りますように、と特別に磨いた。
満月の夜に磨けば綺麗になると聞けば、丁寧に月光の中磨いた。
吹雪が強くても、日差しが強くても、せっせと磨いては時間に遅刻し、自分の物語の人達を困らせた。
皆からは、「あいつのためならしょうがない」とまで笑われるようになった程の存在だった。
息子の相棒らしく美しい時計にしたのに、持ち主はもう違っている――。
白ウサギはロワのように鼻をひくひくとさせて、笑った気配をさせた。
頼の後ろに控え、事情を聞いたリカオンは涙しながら、白ウサギに叫んだ。
「どうして頼に絵本を与えたんだ! あれは君がアイデアを出したんだと、頼から聞いた!」
「レプリカのお嬢さん、想像ができませんか? 子供を殺される親の気持ちが」
「……ッそれは……」
二つ目の違和感。リカオンという存在。リカオンは嗤われて益々瞳を潤ませて、わっと泣き出す。頼がヨダカという物語を認めたから、リカオンはレプリカだった。でも、レプリカになったからこそ、頼の気持ちを知ってヨダカのレプリカは幸せだった。
限りなく同じ姿をしていて、星という存在になりうるのに、偽者でしかない。
自分たちを救うために犠牲になった、あの子兎。頼を生き地獄から解放してくれた優しい少年を思い出して、レプリカは泣いた。
タイムパラドックスによって、消えてしまったあの兎を大事に大事に心で思い浮かべて泣き狂う。
「それだけじゃない、そこのヨダカは私の息子を守りながらも、私から奪ったんです」
「奪った……? 頼ちゃんはロワちゃんの存在を屋敷から守ろうってしただけだろ……?」
三つ目の違和感。若葉という存在。若葉が何もかも憎むような眼差しで、白ウサギへ怨嗟を向けた。
弱者の部屋を乗り越えられた若葉は、あの部屋に唆された時よりも、強者の眼差しへと成長していた。物語を持たない、ただの一般人はそれさえまっすぐ時間をかけて受け止める覚悟ができ、名無しとして存在していた。名無しという形を得ない存在であろうと構わないという信念ができた。名無しであるという覚悟こそが、本当の強者になれた証。
普通の人間は、「名前」や「形」を欲しがるから――。
誰よりも強い憎しみの視線が、白ウサギへ向かう。
「それに、俺たちを守ってくれた」
「ええ。その所為で、あの子は私の〝世界〟から外れてしまったんです。あの子が持っていた不思議の国のアリスという物語は消えて、もう二度と私と会えなくなった。あの子は、スクルドとなった。私の息子を一番に守りながらも、酷な運命を与えたんです。幼子なのに親や仲間と二度と会えないという運命を」
「あたくしたちがあの子の仲間では不満でして?」
最後の違和感。シンという存在。シンはせせら笑うように、強気に腕を組んで、白ウサギを睨み付けた。
ドレスは汚れたり、どこかの生地が切れたりしていたり、痛ましい姿だ。
それでも消えていない、泡にはなっていない。足下にはガラスの靴がはまっていた。
幸せになれるお姫様へと進化している証であった。
「シンデレラ、仲間という物は対等である地位の者を示す。ねぇ、シンデレラ、私の息子に全て救われて大団円に恵まれた貴女は、あの子に何をしてあげました?」
「……口がまぁまわること」
「それはどうも」




