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頼の慟哭

 嗚呼、本が――本が風でページが捲られるのが止む……。

 みんな、それじゃあ。またなはもう言わない。ロワとリカオンが、止めてくれたから。

 ロワが、消えた――水道の水に触れてる時と同じで、触っているのに絶対掴めない。気を緩んだら姿も消えている。

 本の動きが止まった意味こそが、輪廻のごとき一日の繰り返しが終わったんだと示している。


「ロワ――……待て……! 待ってくれ!!」


 なんてことだ。


 オレは、とんでもないことに気づいた。


(お前だけは、オレを忘れないでいてくれた――唯一だったのに!)


 待ち焦がれていた、願っていた思いを抱える人を、見殺しにしたのだと気づいた衝撃といったら。

 こんな腐ったオレでも、まだ傷つく猶予はあるのかとそれもまたある意味驚きだった。

 日本刀を何百本も使って、滅多刺しにされてる感覚だった。


(有難う、でさえ言えなかった――)


 全てを知ってる相手が、己を責めない苦しみ……こういうことか、若葉? オレは、お前についてよく知りもしなかったんだなって今思い知った……責めてくれれば楽な出来事だってあるってぇのに。

 壊死した心臓に染みこむ、ただ一つの後悔。


(有難う、たったそれだけの一言も言えなかった……!)


 嗚呼、と呻きが漏れる。

 心へ雁字搦めにストッパーをかけたから、どんな出来事でさえも、無気力で見過ごしていたのに。


「何でなんだよ」


 何で、そんな、こんな気持ち与えてから消えてしまうんだ。

 オレは願いも殺し、期待も抑え、無感情に生きていけば、それで終わる人生だったのに。

 何事にも期待しないで生きていくのは、とても楽で、期待するだけ絶望が漣よりも強く押し寄せる。オレはそれを知っていたから、何もかも願いを見ないふりしていたのに、なんでまた……そうやって喜びを与えるんだ?


「ふざけんなよ……。どうしてッ消えるんだよ! どうして、こんな想いを与えるんだ!」


 両手で両目を押さえて、今までの鬱憤ごと悔しさを叫ぶ。


「ああああああああああああ!」


 言葉になんて、ならない。この眼から出る雫はもう枯れたと思ったのに、心の傷から産まれた透明な血のように滲み溢れた。ほと、と小さく落ちて、喉が渇いて痛い。


「どうしてこんな目に遭うんだ!」


 ――長年、言えなかった、愚痴。口にした瞬間、身体が羽のように軽くなり、すっきりとした。だが、苦みは消えない。

 口の中が、少し鉄臭かった。



 ふわりと、今まで見た覚えのない本が動く。白い本のページがぺらぺらと捲れていく――先ほどロワの目から流れる涙を拭った手を見つめる。

 涙の冷たさに、この世界は夢ではなく、ロワ達が生きる瞬間である「時間と時間の隙間」なのだと思い知る。

 本が捲られる度に、別の時空へ移動しているんだと、徐々に気づいた。

 この涙にも「きっと意味はある」んだろう――。

 悪夢が終わり、現実が始まる――。

 

 ……新しい事件へ移動する時空に、オレは救われた。

 オレだけじゃない、リカオンや若葉やシンもだ。

 だが、ロワは?


 最初に新しい世界にオレがたどり着いた時、疑問を持ったのは、一番ヒーローらしいリカオンだった。

 場面は白い空間に、黒い木々が揺れていて、異空間のようだ。

 だがシン、若葉、リカオンの目には生気があって目が死んでいない。

 皆が生き残って脱出できた後のエンディングである世界なのだろう、オレはそんな世界へ飛ばされたんだ。

 オレは物語で出来上がっているような身体だから、脱出なんて未来永劫無理だと思ったのに。

 リカオンとロワの未来直しが、オレの在り方すらも作り替えた。

 これこそがリカオンやロワが、未来を変えた時空。時間が少女だと判明する時空なんだとなんとなく察する。



「ロワがいない……ロワがいない!」


 新しい展開になって、リカオンが叫んでから気づいた感覚がある……ロワの喪失感。

 ロワがいない世界が、こんなにも叫びたくなるような絶望感を味わうなんて思わなかった。

 だが時空は許さない、別の時空に逃げるな、もうお前に物語はないのだ、と。

 何とも人間らしい。絶対に過ちだと判っている選択を選ぶのが、何とも人間らしい。

 考えたくない疲労感のあまりに、オレはとんでもない過ちをやっちまったのだ――。

 あの涙の冷たさを実感した意味は「後悔しろ」というものだ。


(お前だけは、オレを平凡扱いしてくれたのに――!)


 手前勝手な言葉を吐かせて貰えるのなら――どれだけ尊敬してくるリカオンが重荷だったか、どれだけ崇拝してくる琥珀が嫌だったか、どれだけ憧憬してくるシンが辛かったか、どれだけ憎悪してくる若葉に悲しんだか。


 皆がオレを、ヒーローなんだって期待してくる。

 ああそうさ、オレが忘れられたくないから、願った姿だ。望まれたいから、なろうとした姿だ。


 だというのに、皆の視線がオレには辛かった――でも、ロワはオレを普通の人と同じに扱った。

 人生を間違えて良いのだと、存在を賭けてまで教えてくれた。絶対に間違えない人生なんて、有り得ないんだって。間違えても立ち直るチャンスをくれた。

 素直に頷くだけが、意思の尊重じゃないんだって教えてくれたんだ。


 オレにとってロワは、純粋なたった一人の魔法使いだったんだ。

 オレの世界全て塗り替えるくらい、心が打ち震える感動をくれたのは、ロワだけだ。

 リカオンだって本気でオレを助けようとしたけれど、結局オレを変えるまではいかなかった。どれだけ願っても、リカオンはオレにとっては「守らなきゃいけない」という存在のまま。皆、平等に、守りたいと思った。皆がそんな風な姿であるオレを望むから。


 だけど、ロワはその「守りたい存在」であるルールから外れるために、自分の存在を消してまでオレを許した。オレの過ちを認めた。オレに我が儘を言わせてくれた。

 長年本音を言わなかったオレに、弱音を吐かせてくれた。

 ロワはオレにとって、普通の人に戻れる魔法をかけてくれた、唯一の特別になったのだと知るには余りに遅くて――。



 ロワは――どうしてオレの前に姿を現さなかったのか、疑問だったが気づいた。

 ロワは、オレを忘れたくないと、姿を現さないことで信頼を得ようとしていたんだ。

 姿を見せれば、次の時空でまた会おう、となるから。一人でも少なく忘れられる悲しみを減らそうとしてくれたんだ。

 オレがどうせ忘れるんだろう、と思案しているのを知っているんだ――。

 だから本当に助けられる瞬間まで、姿を現さなかった――オレの悲しみを止められる、と言っていたのはこういう意味だったのか。


 ディースであったオレに対して、どれだけロワが思っていたのか、ディースであった未来を失ってから気づく。

 実に人間らしい阿呆な行為だ――。

 リカオン、お前はオレを羨ましがっていたが、オレにはお前が眩しく見える。

 だってオレは負けたんだ。

 ロワが甘受してくれるからと、自分の信念を曲げた。

 何もかも救いたいという最初の思いから、一人くらいの犠牲はつきものだと残酷な視野になっていた。それがどんな思いから出た信念かは置いといて。

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