可哀想に
オレは、聖人じゃないんだな、と心から理解した瞬間だ。
どれだけ魔法使いを願って守護霊になろうとディースと名乗っても、結局は自分の欲望でお姫様を犯す王子様という名の悪漢と一緒。
真実のグリム童話みたいな、粗野な存在。
本当に、みんなのヒーローなら、ここでロワを救う選択を選ぶはずなのに。
建前だ、建前だけでオレは出来ている。
「ごめん」
ついに心が折れた――もう良い、諦めて良いと何もかも甘受してくれる存在ができてほっとしてしまったのだ。
ぽっきりと、心の芯が折れた。
とうとう、悪に屈してしまったのだ――。
人は、いつまでも一人で立ち続けるのは、難しい。誰もが、リカオンみたいに、毎度星になる未来を受諾できるわけでもない。毎度、誰かのために犠牲になるのを、嫌がらないなんて起きえない。
それらができる人を、皆はヒーローとか、主役だとか呼ぶんだ。そんなのまるで夢物語みたいだから。
きっと今のオレは、端役に成り下がった屋敷に忠実な犬だ――。
何度も星になる未来を選ぶ、苦しみを選ぶリカオンこそが主役に相応しいと、思った。
リカオンの助けになれたらいいなと、ちょっぴり思ったのも本当なんだと、言い訳したい。
「ごめんな、ロワ。もう、何も言えねェ……忘れられるのが、辛くて……」
「うん」
ロワは、判っているよ、と言いたげな瞳で頷いた。
温かな眼差しに、一気に力が抜けて、何もかも信念なんてどこかへ行った。
――オレは本当は辛いんだと、理解してほしいと、自己中にも願ってしまった。
「ホントは、みんな、助けたいのに……その中には、お前も混じってンのに……! オレ、何でこんななんだろ。もっと、もっと昔は強かったはずなんだ」
「うん」
ロワはオレの言葉を止めるでもなく、ただ聞いてくれた。
ホントは? ホントは助けたいって? 笑わせてくれる、そんなの皆に悪印象抱かれるのが怖いだけなんだろ、オレよ?
いざ助かる要素が出てくると、本性が、ほうら出てしまった。
お前は、星にもなれない惨めな汚い鳥なんだと。皆から嫌われ続ける鳥なんだと。
ロワに見捨てられるのが嫌なんだろ。だから、皆を守りたいってポーズは崩さないんだろう。その上で、ロワへ犠牲になれって残酷な宣言を平気でしているんだろ。
オレはお前を見捨てるけど、お前はオレを見捨てるな、なんて馬鹿な世迷い言だ。
本当、酷いよな。
「……普通に諦めない思想や、根性があったはずなんだ……」
「うん」
オレにとっては初めて目にする存在だというのに、その存在感は圧倒的に安らぎだった。
日照りが続いた終わらぬ昼に、ようやく夕闇という時間が迫って眠れるようになるのだという安心感みたいなもの。徹夜続きの先に待っている睡眠と同じ、気楽さ。
嗚呼、もう楽になっていいと、微笑んでくれている。
「もっと、もっと強かった――もっと、もっと……情熱とかあったんだ」
言い訳を、もっとさせてくれ。
オレがただの一般人に戻れる、存在理由を説明させてくれ。
お前に頼る行いで、オレのプライドを捨てさせてくれ。
「ディース、今この時点でお前にとってどれだけ記憶を繰り越してるか、知っているか? リカオンがきて、出口へ到達するまでの期間の繰り返し。そこの時間の繰り返しだけで、もう数字的な話をすると一世紀は超えてるんだ……」
「だとしても……お前を見殺しにして良い理由には、なんねぇのに、オレ……疲れちまって……だせェよ、言い訳しやがってる……」
何でもっと抗おうって考えないんだろう。
もっとこう、オレならかっこつけようとしたりするだろうに、ロワ相手に弱音吐いて。
なんかそれで、身勝手に泣きそうになって。
オレが泣いて良い理由なんて、何処にもねぇよ。ロワが泣くならともかく、悲劇ぶってオレが何で泣いてるの。
心を殺し続けてきた、どんな祈願も叶わないから。
皆とお別れじゃない。その些細な望みだけを支えに、ずっとずっと自分がどんな人間か殺し続けて、皆が望む王子様を演じた。
言葉に詰まって、何か奇跡でも起きないかと祈るしかできない自分を感じ取る。
もう、オレは心に決めているんだと、絶望する。
自分が助かるために、ロワを救わない未来を選ぶんだと――。
「可哀想に」
ロワは、ぽろりと一滴涙を流した。




