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喋る〝時間〟

 ちょっと、疲れた。



 いいや、ちょっとどころじゃない。もう、もう何も見たくない。


 何かを見て、考えが変わるほどの衝撃を、心が感じ取れるとは思わない。

 オレの心は壊死してしまっているんだ。


 じくじくと痛んでも、きりきり膿が広がっても、「嗤え」って言われたら笑顔でいられる。

 意味も無い命令で「嗤え」って言われても、何も思わず逆らう思案すらせず、抵抗も思い浮かばないで嗤うだろう。


 膝が徐々に痺れて、目が曇っていくのが判る。死人のように、瞳から輝きが消えていく実感がする。


 もういい、考えるのはもう、やめよう。


 どうせ、次もやってくる――何度も、何度も。それならさっさと事務みたいに済ませよう。

 今が終わっても、次も、次も。次から次へと物語はやってくる。

 同じ代わり映えのないメンツで、同じ代わり映えのないルートで、同じ代わり映えのないエンディング。

 その全てを記憶するのは簡単なようで、とても似ているから複雑で覚えきれない。

 いいや、覚える気力がオレにはもう尽きてしまった。

 だが物語を繰り返すのを止める手段は、オレには何も持ち合わせていない。

 ただ、「今」が終わるのを待つだけだ――。


『愚かね、目的が何もかも消え去っている』


 時間が囁く――少女の声が響く。


『そんなに忘れられたくないのなら、はなっからかっこつけなければ良かったのよ。ヨダカのレプリカをあの森から逃がすのではなく、貴方が逃げるべきだったわ。最初に呪いをかけたのは、貴方。レプリカに〝王子様〟という呪いをかけたのは、貴方よ。馬鹿ね、すべて貴方に返ってくるのに――』


「――最初は、オレが守ろうと思ったんだ」


 この思いは心から――本当に、本当に最初は、何もかも守る心積もりでいたんだ。

 それこそ、世界中の何もかも敵に回してもリカオンを守るつもりだった。

 琥珀の算段で招かれたって、リカオンを守るくらいならできるつもりでいた。


 ――さぁそれで、どうして血溜まりのこの沼になる?

 ドウシテ、オレは、守れなかったノ――? オレに覚悟が足りなかったからだ。


 目の前で殺し合い、憎しみ合う皆を止めきれず……ただ間抜けにも生き残り……。

『次』があるように、馬鹿なオレは願った――その時から、悪夢は始まる。

 次、という物が存在するなら、きっと救われると思って、得体の知れない少女と契約した。

 やり直しできるチャンスをくれ、次こそは上手くやると。

 少女は、沢山の未来を与えてくれた――やり直しには多すぎる時間と、記憶を。

 一つの時空の結末が決まったら、次の時空に行くまでの過去に飛ばされる。

 ディースになるまでの最初の時空に、何度も戻る。


 やり直してもやり直しても、次なんて物には皆の記憶はなかった。

 全員がオレを忘れていた――。


 どの瞬間からオレは、弱っていった?

 人を食えと強制されたから? 先代が死んで、食べ物を食べないと決めてから?

 物語という概念に、体や思考が馴染んできてしまったから?

 人間じゃ無くなるのが怖かったから?


『そんなの見栄で、嘘よ。素晴らしいわ、貴方はやっぱりヨダカね。誰もが嫌う薄汚い鳥よ』

「言いたい言葉はそれだけか? もう、良い。もう早く次の時空へ移動してくれ――」

『ええ、判ってる。だって、それが最初のエンディングを見たときの、貴方との契約ですものね。何度もやり直す――その度に記憶は貴方だけ継続されるって、言い忘れたから余計に貴方は苦しんでいるけれど』


 ――最初のエンディング。最初は、オレ以外全員血溜まりで死んでいたっけ……。

 だから今いる場所は血溜まりで――何度もエンディングを繰り返して、此処へ戻って、次の時空へ飛ばされる。

 最初のエンドを切っ掛けに時間と契約したのも、もう今は懐かしい話。


「……本当に苛つくぜ、その声。わざとらしいんだよ、カマトト」


 きっとこの少女は何もかも、全ての顛末を知っているのだ。

 だからこそこんなに明るくも無邪気な声で、この場にそぐわない。

 苛ついて、少女を探そうとするが、少女は常人には目には見えないものだ。

 なのになぜ少女という存在だと思うのかというと――どこかの時空で、きっとオレと少女は出会っている。最近になって、「時間」がどういう形をしているのか、オレの記憶に芽生え始めたからだ。

 誰かが未来を変えて、少女と敵対する未来を与えているのだろう――。

 〝時間〟という概念を形にしたのが、オレにとっての少女なのだと、壊死した心が叫んでいた。

 時間じゃ無くなれば――時間に名前がついて、時間が「普通の人」になるという概念が生まれれば、この繰り返される惨劇も何かが変わるだろうに。

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