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頼の生み出した「パラレルワールド」たち

頼視点の幕間です

 ――世界で一番醜い心を持つから、きっと私はヨダカなのでしょう。

 ――有難う、その言葉はなんて甘美なんでしょう。

 ――有難うと言われる度に、喜びました。だけど、皆は有難うと言いながらも……。

 ――私を一切覚えないのでした。

 ――私はだから、皆を呪いました。いつか覚えてくれないか、と期待して。

 ――呪って、呪って、嗤いたくなるほど呪って。

 ――最終的に不幸になったのは私だけでした。私だけがこの輪廻から逃れられない。

 ――呪わなければ、良かった。

 ――世界で一番醜い心を持つから、きっと私は星になれないヨダカなのでしょう。

 ――浅ましく醜いこの身が、この心が憎い。




 絵本の言葉がちらりと見えて、否定したかった。


 絵本が揺れる。

 絵本が風に揺れて、ページをぺらぺらと捲っていく。レースのカーテンがぶわわと揺れ続け、窓辺の風がどれほどの強さなのかを教えようとする。


 本には今までの数々の物語が刻まれている。

 血溜まりの此処とはえらく遠い印象の、窓辺が明るい日向に照らされ、冬の寒風で絵本がばらばら捲られていく。

 陽だまりは、今が到底冬だなんて思い出せないくらいの眩しさと暖かみで、あの場所は手の届かない「憧れ」でもあった。


 明日。明日という日がくれば、あの暖かみは手に入るんだ、という憧れ。


 あれには、オレ達の繰り返した時間が、描かれている――オレ達が事件を繰り返す事象を具現化したものなんだ。

 オレは眺めるだけだった。真っ暗闇のこの場所から。血溜まりだらけである沼から出られず――今いる場所に、陽が当たるなんてないんだろうな、と人知れず嗤う。にたり。


 新しい次元に生まれ変わり、また同じ物語が始まっていくのだろうこれから。

 何度も終えては始まり、終えては始まり。その合間に此処へ来る。

 物語がまだ始まらない「此処」にいるだけのオレは、幕が開かないか待つだけの役者。

 皆は新しい劇だと思って、何度でも新鮮な気持ちで立ち向かう。

 オレにとっては、何百回目の公演だというのに。オレが腹に包丁刺される話だってそうさ、何百回のうちの一つさ。オレが死んだって死ななくたって、絶対にオレはその事件を忘れないんだ。事件は忘れないのに、刺された傷はなかったことになる。次の舞台へ向けて――。


 もうやめてくれ。

 もう本を捲るのをやめてくれ。


 誰かが記憶を無くすのは嫌だ――みんな、オレのことを王子様だって言うけれど、本音はいつだって。みんなに忘れて欲しくなかった、それだけだ。


 最初は、リカオンや皆が死ぬ未来を変えたかった。

 結局はオレがリカオンを頼ってしまった末の結果だったから、罪悪感でいっぱいだった。

 琥珀がリカオンをあの屋敷に招いても、許してしまったんだから。

 いつしか展開を変えていくうちに、皆に忘れられるのを、狂おしく悲嘆した。

 どんな馬鹿でも二十四時間ずっと一緒に閉じ込められてみろよ、仲良くなるだろ?

 それなのに、楽しい仲間ができたんだって錯覚するほど、気の良い奴らと、何百回も同じ時刻を繰り返してごらん、離れがたくなるから。


 みんなを助けようとしたのは、覚えててほしいから、という理由にすり替わっていた。

 一緒に、あの屋敷から解放されたい気持ちも、僅かにあった――オレはウソツキだ。

 琥珀には、一身にあの屋敷の宿命を背負わせてしまったのに、オレは平気で皆を助けようとする。

 琥珀の命なんてどうでもよさそうに。

 ――オレはきっと、偽善者なんだろうな。



 だって、オレは醜い鳥だ――星になれないヨダカだ。醜さが極まっている。


 だからこそ、オレは純粋にお姫様を助けたがる魔法使いを願いたい。

 決してオレにはなれない存在だろうから――オレにはだって、皆を助けるには条件を出そうとしている心積もりがあるんだ。下心ってやつだ。

 どんなに切迫しても、相手次第で物を考えて助けようとするから。

 そんなの、汚くて醜い。迫害されて当然だろ?

 オレは皆から迫害されるべき存在だろうから、一緒にいられないんだ。

 同じ刻を過ごしているのに、全く同じ刻ではない悲しみ。

 皆だけは一回目の時間を永遠に過ごし、オレだけは何百回目も同じ時間を体感する。


 純粋な助ける立派な理由なんて、本当は存在しないんだ。

 正義のヒーローなんて存在しない、願いもしない。願わない代わりに、自分が成り代わって、存在を望まれるように努力する。

 ――必要としてくれよ。それがオレの人を助ける条件。

 オレは悲しいんだ、叫びたいんだ、だけど心の何処かで「どうせ泣いても、そんな事実は消える」って悟っているから何もできないし、何も「思わない」んだ。

 思っても、何かを感じ取る自分自身の心をぶっ殺すんだ。

 琥珀がオレをわざと捕らえても、若葉がオレを裏切っても。悲劇を回避しようと思うだけ。

 みんなが忘れて同じ行為をするのを見るのは、「オレが」嫌だったんだ。


 オレはかっこよくない、もっと情けなくて酷い汚い存在だ。

 リカオン、シン、オレに憧れないでくれ。若葉、憎まないでくれ。琥珀、執着しないでくれ。

 オレはきっとお前らに呪いを与えている。

 お前らと一緒にずっといたいって思いが、この幾つものパラレルワールドを生み出す力に利用されているんだ。

 オレが「屋敷の主」になっているから、屋敷が「店主」に応える為に、今の運命を作り出しているんだ。


 作り出してるのはオレともう一人。

 それなのに、助けて欲しいって願うなんて勝手だ。

 オレがお前らを助けたいって思ったのは、簡単な理由だ。



(ただ、「忘れられるのは嫌だった」それだけなんだよ、今のオレは――!)


 こうしたらもしかしたら覚えてくれるかもしれないって、何度も同じ行為をオレもしたりして。でもやっぱり忘れられて。覚えてくれるかもって何度も期待し続けて、学ばない阿呆。そんな愚かなヒーローいないだろ?

 オレだけは、何度でも覚えてしまうんだ。同じ脚本、同じ演出の舞台を一人きりで堪能するしかない。

 みんなは忘れるのに、俺だけは、時空が変わってあの窓辺にある本のページが捲られた数を覚えてしまう。

 あの窓辺の本は、オレ達の人生を具現化した本だ。この屋敷の滞在時間だ、きっと。

 だからこんな血まみれの此処と違って、あの窓辺だけは何も知らなかった時間と同じで真っ新なんだ。



 捲られる度に、自分を犠牲にするあの子が悲しい思いをする――リカオン。

 捲られる度に、孤独を身にしみてあの子が泣きわめく――シン。

 捲られる度に、自分を見失って本当に大事な物をあの子が無くしてしまう――若葉。

 捲られる度に、オレのために身を捧げる生け贄ができる――琥珀。



 もう何度注意しただろう、何度あの子を助けただろう。あの子も、あの子も。

 誰もがオレと初対面――何度繰り返せばいいんだ。判ってる、本ってそういうものだって判っている。



 本は、絶対に、最初に見る人は「最初から」見るんだ。

 だから本という形で、オレに「何度も繰り返す」というものがどういうことか教えようとしているんだ。

 オレだけは、登場人物ではなく明確な「読者」なんだと――読者だけは本を読んだ数を覚えてしまうから。

 登場人物は読者を、決して覚えたりなんてしないし、存在に気付かないから。

 みんながオレを忘れていく、オレを忘れないためなら何だってできるのに、全部忘れていく――オレはいつまで、ここにいればいいのだろう。

 残り何ページなのか、何回数えただろう。オレは今回は助かるのか助からないのか、何回生き死にを体験したのだろう。

 終わらない体験――これじゃ生き地獄じゃないか。何度も、事件を繰り返し、オレだけ全て事件を覚えていて。でも皆はどの時空も最初からの記憶で。



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