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時の覇者

 ロワには私が、主役としての正解を選択する事柄が判っていたんだ――。


「いつから選ぶと知っていた? いつからこの時計を手にすると、気づいていたんだ、君は?」


 君はこの時計が大事だと、自慢していたのに。そんな大事な時計を盗んだのに、慈愛の眼差しを君は返してくる。

 私は、宝石が盤上に乗っている懐中時計の蓋を開けてみる。時間は何時だか判らない、時計を見れば通常なら判るはずなのに、懐中時計は幾つも針が回っていて、どれも同じ針の大きさに等しい。

 時計盤のうえに時計盤が重なっていて、それらが半透明に見えて。じっと見つめていると、時計の数字が頭の中で踊り続けて叫びたくなる衝動になる。


 危ないものだと悟ると、私は時計から目を離してロワへ顔を向けた。

 時計を盗まれたのに、ロワは嬉しげに笑っている。晴れた空でも見つめるような、子供の笑顔。最初に出会ったときよりも、大分自然体に近い表情だった。

 子供らしい笑みより、無表情より、今の自然体のロワのほうが好きだな。


 時の止まる今、ロワと私だけが動いている。

 私が動くのは時計を奪ったから。ロワが動くのは、時計をかつて持っていた名残。それはまるで時計からの愛情のようで。「愛していたんだよ」と伝えようとしている言葉のような愛おしさが時計から伝わる。


 時計が、母を求めるようにロワを求めている雰囲気がする。

 ロワへの愛情を示すように、ロワの時間が止まっていくのがとてもゆっくりだ。他の人だと、ぴたっと一瞬で灰色になるのに。

 ロワ、君は時間を嫌っていたように思ったんだが、こうして見ていると君と時計は相思相愛だったんだね。引き裂いてごめんね、君たちを引き裂いてでも叶えたい願い事があるんだ。


「どの次元でも」


 ロワは時を惜しむわけでもなく、いつもどおりの口調で。でも明るい表情で私の質問に答えようとする。


「どの時間でも、お前は時計の覇者になっていた。俺は時を越えたお前から教わって、時を手にしたお前は別の俺に伝える。それが自然のサイクルなんだ。抗っても起こってしまう出来事。ただ、俺に伝えてきた次元のお前は頼を殺されていたし、泣いていた。頼をせめて殺さないでいられる時間を選んだつもりだ、お互いのために。それが〝他の次元含めた俺にとって〟何度目の挑戦か判らない、ようやく間に合えると思ったが失敗だった」


 一言一言がお坊さんの説法みたいに重くても、しんみり耳に馴染む。

 私はロワの包容力に感動していた――今まで、今まで全てを知っていて、私が何を選択するのか見守っていてくれていたのか。

 間違えるかもしれないのに、私を信じ切って、頼を救えるはずだと考えて。


「お前の決断をこの目で見られて、誇りに思う」


 私への信頼に、私は胸が痛い。

 何もできなかったのに、私を責めるわけでもなくロワは自分のせいだと言いたげな口ぶりだった。

 ロワの思いを考えると、涙が溢れてくる、泣くな、泣くな。

 堪えろ、ロワを心配させるだけだ――だが涙は一滴堪えきれず流れていた。


「君は何でも知ってると思っていた。心の何処かで神様だって信じていた、君の戯言だって判っていたのに。やっぱり戯言だった、神様だったら特別に優しくしてくれるわけない。神様にしては君は優しすぎた、親鳥のようだった」

「俺は鳥じゃない、兎だ――絹のような毛並みの、耳が長い兎」


 徐々にロワの膝下が灰色になっていく、時が止まっているモノはモノクロだ。

 色がある状態が消えていく、私は一人になるんだって気づいていく。一人きりで、永遠の時間を過ごすのだ――。

 ロワは足下を見つめてから、動けなくなった足下の色に瞠目して、苦笑した。


「親父のようになるまいと思った。でも、結局、兎は遅刻してしまうんだな……お前にとっての悲劇に間に合わなかった。別の次元の俺に伝えてくれ、今度は遅れるなと」

「君は遅刻してないよ。きっと、どの次元でもどの時間でも、皆の悲劇は避けられないんだ……君は最善を尽くした。だからどうか安心して、〝時間を〟くれ」

「グラン・クヴェールをするのか、ヨダカ」


 手が灰色に染まる、嗚呼、ロワの瞳がちかっと光った。

「グラン・クヴェールをして時を手に入れるんだろ、納得した……しかし、あれは頼だからできて、お前にはただの金属だ。お前と頼は違う。お前とて確かに頼の片割れだから、物語に馴染めるから時を取り込むのは不可能では無い。だが口が痛むし、胃も裂けるぞ。喉が破れて吐血もするだろう、こうなるぞ」


 まだ動く手先でロワは自分の首近くにある衣服をずらして、喉を見せる。

 喉には赤い傷が稲妻と同じ形で走っていて、喉を裂いたのだとすぐに判る。

 私は一瞬怯んだが、ロワから視線を外して目を伏せた。



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