表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/138

籠の鳥を救う

 水槽から解放されて。心に残るのは虚空。

 泡がぷくりと浮かんだ後に、水槽は消え去った。あれだけあった大量の水も、忌まわしい鎖も。


 何も、何もできなかった。自分なら助けられるって私は傲慢だった。

 私の傲慢さがただ一人の寂しい女性を殺した。

 頼を助けたいと願って、そのついでに私をも助けてくれて。


 それだけじゃない、最後に私の背中を押してくれた。冗談めいた口調で、「貴方は王子様になれる」って言ってくれた気がした。

 天井の円を描いたものをずっと見つめていた――正解が嬉しくないってどうしてだろう。

 どうしてもこうしてもないよ。

 シンが消えたからだよ。

 お姫様が人を救えないって私は傲慢だった、シンは聡明だ、すぐにどうしたら救えるか自分で導きだした。その上、助けるために自害した。勇者だ。

 頼が起きるのを私は待っていた、頼まで失ったら、私はシンに顔向けができない。


 ねぇ、どうして時間は止まらないの?

 ロワ、休憩する時間はまだなの?


 こんなにも息が苦しい――喉がきゅっと締まる感覚。がちがちと身が震えそうになる。

 ずっと心に、何かを失ったという感情で満ちている。

 胸が潰れそうだよ――どこかで聞いた覚えがある。人魚達は、輪廻転生なんてない。

 三百年生きるけれど、人間のように魂は巡らない。

 人魚はただ一度きりの魂だと。それならば、シンにはもう二度と出会えないのだろうか。


 頼、君は――怒るだろうか、悲しむだろうか。

 一番に君が悲しんでくれれば、シンちゃんは喜ぶ気がするんだ。他の誰でもない、寂しさを埋めてあげていた君が悲しむ行為は素敵だと思うんだ。


 頼の睫が震える、私は息を呑んで、跳ねるように飛びつき頼を揺さぶった。

 頼は、ゆっくりと瞳を開いて、咳き込みながら私に問いかけた。


「クリアしたか?」

「――でも大事なものを失ったよ」

「何を失った?」

「シン」


 私は涙を堪えながら説明し、頼はシンの話を聞くと、天井を見つめた。

 天井を睨む目つきだったけれど、シンに対してというより、この屋敷に対して怒っていると感じた。


「……いつも……」


 何か聞こえない言葉を頼は呟いた。自分に向かっての罵りだったと思うんだ。

 悔しさが表情に滲み出ていた、頼にしては珍しかった。頼はあまり感情を出さないから。

 それから、一つ何かに気づく、頼はポケットを探って、水に濡れた絵本を見せてくれた。

 見せてくれたのは表紙だけだけど。


「これが濡れたら、オレにはもう後は判らない」

「どうして?」

「この絵本が全てなのに、オレはこの絵本を全て覚えられないから。内容の密度が濃い」


 頼はそれ以上追究させようとはしてくれなかった、瞳が「もう何も聞かないでくれ」と悲しみに憂いでいた。

 私は絵本に手を伸ばし、そっと重ねた。絵本の中に、同じ絵という概念だからシンがいるような気がして……。


「シンの絵を持って帰っていいかな」

「勿論。なぁ……後はどうなるかわかんねぇんだけどさ、お前にやりたいものがある」

「何?」

「シンはお前にもできるかもしれないって言っていた。だから、これを……」


 頼はシンをあの時絵から出したり、ドアノブを食べたりしていたカトラリーセットを私に手渡そうとした。

 黄色い布に包まれた、フォーク、スプーン、ナイフの三つだけが入った簡単なカトラリーセットを。

 私は……頼まで消えていくのではと、怯えた。頼が私にカトラリーセットを託す必要性を予測すれば、「自分は消えるから」という考えにしか至らない。

 そんなのは嫌だ。

 これを受け取れば、私は本当に「主人公」になって、頼は「脇役」になって屋敷のルール通り物語を持たなくなった者は、消えていってしまうんじゃないか?

 少なくとも、袂を分かつのではと。

 ――私と、ばらばらになる。幼い日、連れ戻せなかったあの時間をまた巻き起こすのは嫌だった。

 私は首を振って、名前を呼ぶ。


「……頼」

「オレよりお前のが勝率は高い。持ってろ」


 頼は屋敷に対して怒っている――屋敷への精一杯の反抗をしようとしている。

 登場人物の予定調和が狂うぞ、さぁどうする、と挑戦状を投げつけている。

 頼は、屋敷から出るつもりはないのか……もしも、琥珀さんが死んでいたなら、頼へ店主の座が明け渡されるから?

 いつまで、頼はこの屋敷と向かい続けなければいけないんだ?

 私は――頼を助けたい。頼を籠の鳥にしたくない!


 遠い昔見た籠の中に閉じ込められて、一切手助けできなかった景色を払拭したい。

 今なら手を掴もうと思えば手を掴める、もう、あの黒い手はない。

 もう、幼くない! 昔は屋敷が選ぶ側だったが、今は私達が選ぶ側なんだ!

 物語や、未来を選ぶのは子供には難しくても、年頃の私達ならば不可能ではない!

 君の籠は、もう扉は開いているんだよ、頼。後は君が、逃げたいと願うかどうかだ。


「頼! 逃げよう! 君も一緒に、いいやシンは攫うのが王子様だと言っていた、私は君の意見を聞かずに君を攫うよ!」

「オレは……」

「四の五の言わず、ついてこい!」


 私はカトラリーを受け取って、頼の体を引っ張って、立ち上がらせた。

 部屋から出て行こうとする、扉はもう既に全て開いていた。

 ロワがきっと開けてくれたのだろう、もうあとは出口に向かえばいいだけだ。

 頼の笑い声が聞こえた、押し殺すように、ぶは……と噴き出してからは、息が漏れている。

 頼は何も言わなかった。私は幼い頃と違って、もう王子様になっているんだ。

 あの頃は髪の毛も長かったし、何もできなかった。

 今も何もできないけれど、頼だけは。頼だけは救いたい。

 そうだ、絵画も持って行かないと。


 私は階段の踊り場にくると、シンのかつて存在していた絵をじっと見つめた。

 シンだけが絵に存在していない。

 私は持ち運びが大変なため、ナイフとフォークで絵画を小さくして、ポケットにしまいこんだ。

 この島から出る直前に、普通の絵画に戻そう。そうすればきっと元通りになる筈だ。

 私はカトラリーを握りながら、頼の手を握ってまた出口に向かう――エントランスに向かう。

 エントランスで閃光が走った――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ