シンは何処のお姫様だったのか
もう、止めようとは思わない――思っても自分ではどうにもできないのなら、せめてシンの絵がどういう絵だったか、じっくりと見ておくべきだって思った。
目に焼き付けなきゃ、君が、どういう存在だったのか。
独りを嫌がる君の存在を、絶対に忘れてはいけない。
君が一体何を考えて、そんな優しい笑みを浮かべるのか――私は知っておかなくちゃいけない! だって私には他にできる行為が何もないんだ!
消える君を黙って見届けるしかできないなんて、なんて屈辱的なんだ!
シンのドレスは緑のバッスルドレス、徐々に消えていく。とても鮮やかな色で、綺麗だなって思っていたんだ。君にとてもよく似合う色だと。
シンの髪の毛は真っ黒の巻き毛で、後ろにピンクのリボン。女の子らしい象徴の一つだ、可愛らしい。私が普通の女の子だったら君に憧れただろう。これも消えるのか。
シンの瞳は妖艶な傾城を思い出させるような、妖しの輝き。強気で、勝ち気で、我が儘で。誰にも否は言わせない強い瞳だ。なのに今は涙で濡れてる。
シンの手は――……もうない。滲んでいた手はもう形無くし、空気になっている。
シンが水に溶けてきて、絵の具を使った筆を洗った水みたいに水槽の水が濁っていく。青色だった水槽が、緑に染まり、じわじわと広がっていく。
寂しいと言っていた、シン。ねぇ、寂しがらないで。
私は覚えてるよ、ずっと君を覚えているよ! 助けてくれた君を!
助けてくれただけで覚えるんじゃない、君が寂しいからと救いを求めていたお姫様だったんだと、王子として覚える。
君を救えない今が、こんなにも辛い、悲しい、自分自身を嫌いになる。
でも、そんな思いよりも、君の寂しさを紛らわすほうが先だ、だって君は王子をずっと待ち望んでいた乙女だから!
「シン! ずっと君を忘れない! 君の寂しさを忘れない! 君の絵を連れて行く!」
君をずっとひとりぼっちのままにさせない! 最後まで、最期までせめて誰かと、私といるんだって実感してほしい!
独りのまま消えていくんじゃないんだよ、って感じ取って欲しい。
君を最期まで看取る人がいるんだ、って。
君は今は一人じゃないんだよって安心してよ!
シンがにこりと笑う頃には、もうシンの体は胸元までくらいしかなかった。
「絶対に逃げなさいよ、少なくとも……頼様だけでも助けてあげてくださいましね」
「皆を、皆を助けたいよ……できるかな、私に」
「――減点ね、王子様なら『自分にならできる』って頼様を攫うくらいしないと。行動力は大事……よ……?」
君の女の子らしい可愛い声が、小さく響いて空気に溶けた。
シンの体が全て水に溶けていった――シン、君の物語をずっと勘違いしていた。
君はシンデレラだと思っていた――けれど、水槽が消えた今、判った物語だよ。
君は「人魚姫」――丘に憧れて、最期は泡になって消えてしまう、悲しい独りぼっちのお姫様。
世界が違うばかりに、一緒に幸せになれない。他の「女」に王子様を奪われた、声なき人魚。王子を殺せば自分だけでも助かるのに、幸せを願い、消える未来を選んだお姫様。
『世界が違うだけで、幸せを願い滅びる女性もいる』
誰かが喜ぶ陰で、誰かが泣く姿を想像できなかった私は、どれだけ身勝手なのだろう。
ぷくり、小さく浮かんだ泡に、自分自身の無力さを痛感して、吼えるしかなかった。
三章終わりです。




