よぎった動物
扉を閉じる寸前に見た君の笑顔は、学校でよく見るものと同じだった。
一瞬此処にいるのは夢で、本当は学校で宿題をしていたんじゃないかなって――錯覚してしまいたくなる、懐かしい君だった。
君にいつも宿題を教わっていたね、君は呆れながらも絶対に先に帰るなんてしなかったね。
夕暮れ時、ちょっとお腹が空いてたら、帰り道にコンビニに寄って、お礼にチョコかクッキーを君に買っていた。君のお気に入りは、イチゴ味で、やっぱり君はオトメンだと思った。
二人で帰る時間が大好きだった、何も考えないでいられる時間で良くて。
未来も、過去も関係なく笑えて、その場限りのテンションでなんだってできる気がした。
何も怖い物がない、まさに子供特有の時間だった。
私は君に甘えていた、君が隣にいつもいるのだと思っていた。いつか結婚しても、君だけはいつもみたいに茶化しながら、隣で無駄話をしてくれるんじゃないかって。
もう、君は永遠に隣へ寄ってこないと予期させる。
――若葉、君を守らなきゃって思っていたのに。
私は――君と出会ったばかりの頃を思い出した。
昔、私は君へ「クリスマスプレゼントは何がいい?」と聞いたら、小さな声で一度きりだけ「本当の家族」って言ってたね。
君を犠牲にして助かる家族を、家族と認めたくなかった君の片鱗だった。
家族に飢えていた君を忘れまいと思った、私だけでもずっと側にいようって思った筈なんだ。
先ほどの君の目は、あの時とは違って強かった。恐怖に塗れていたけれど、確かな自分というものがあった。
あの時の君では考えられない、あの時の君は静かに笑っていつか誰か連れ去ってくれないかと願う弱さしかない子供だったのに。
――私はもう一つの、王子様になりたい理由を思い出した。
(君を、守りたかったんだ――!)
何も助ける行為はできないのは嫌だと強く願ったのに!!
――私の目標が消えた。若葉を、もう助けられないのだと思い知った。
君に与えてもらった物がたくさんあった、君からもらった思いを何一つ返せていない。
私は女性であることは受け入れていたが、一つだけ嫌な思いがあった。「大人の女」に変わりたくなかった。ショートカットという見目に拘ったのも、変化が怖かった。
「大人の女」に変化する成長で、私の信念が揺らぎそうな気がしたんだ。
女性が嫌だとかそういうのではなく、大人の女性となると残されるのは「女王」なんだ。子供であれば、まだ未熟さが「王子様になりたい」と抗っても、許されるような気がして。
どちらも私がなりたいものじゃない――女性は、絶対に王子様へはなれないのか?
人はすぐに変わる、不変など無い。
永遠を願う私に、君はそういえばいつも否定しないで何かあったら助けようってしてくれていた。
君は、確かに私を応援していた。
君は、私に自信を与え続けていた!
なのにどうして私は「変化」した?!
いいや、「変化」したのは私ではなく――私「だけ」ではなく……。
白いふわふわの兎。
一瞬脳裏に過ぎった子兎の姿――何故か、子兎をロワだと思った。
子兎に近づく、小さな青いヒカリ――。
全て灰色になり、「何か」を死ぬ思いで飲み込み続け、世界中の生命の時間を奪った――あの時間。
青い鳥は宇宙を彷徨い、ただ一つの生命を求めて、時空を超え……待て、何だ、このイメージは?
動かない草木、動かない町の人々、全ての建物生き物が灰色を帯びるイメージがふわふわと浮かぶ。
そのイメージが浮かんだ瞬間、私は何かを「食べなくちゃ」と思っていた。
ひどく――喉が渇いて、お腹が空いて、ぐうと音が鳴り響く。
何かを、食べたい欲求が強くなって、涎が口の中に広がった。




