魔法使いの懺悔
シンは若葉の言葉に従い、何処かへ向かった。
血だまりの男の人は呼吸をしているけれど、いつ危なくなるのか心配だ。
それでも若葉は男の人を、いないものだとして扱っている。
「リカオンちゃん……君はさ、ほんとに……素晴らしいよ……俺の思ったとおりだ」
にこりと若葉は私に銃口を向けた。
「素晴らしいほど、俺の大嫌いな主役なんだね。君が抱えてるのは、童話なんて器じゃない。きっともっともっと出鱈目に強い主人公が出る物語だ――それこそ神話とか。俺の欲しい英雄伝かもしれない。だって君は〝人間にとって〟理不尽だもの」
かちりと冷たい鉄の塊が、私の眉間に押し当てられてから、本物の銃なんだって悟る。
若葉は、面白くない演劇を見て無理に褒めようと笑っている人みたいな笑顔だった。
「ほんとに君は、酷いよね。俺から逃げて、俺が嫌だって言った〝魔法使い〟の役目を俺に向けた。シンちゃんが頼ってきたのを見て、俺がどんな思いだったか判る?」
「若葉……」
「今の君には判らない、だから言うんだよ、言えなかったんだ。此処へ来たときから君が別人みたいだったんだ、俺は怖かった……君は何にでも立ち向かう。怯えなんて見せない」
若葉は苛つきを見せるわけでもなく、冷徹にただ眉間に銃口をつきつけたまま、睨み付けてくる。
「俺と違って、物語があって自分で何者か自覚しているのが羨ましい」
銃口の冷たさと、冷や汗の温度差は似ていて、背筋がぞっと薄ら寒くなるもので――私はただ身動きもできず見つめる。
若葉はどうしたの? どうして、そんなもの持っているの?
今の私には判らないってどうして? 何年もずっと一緒なのに、君について判らない出来事なんてないはずよ。
嗚呼、でもそんな思いとは裏腹に、今の若葉の手にある鉄塊は、若葉について混乱させるには充分な代物だわ――だからこそ余計にぞっとする。
今までの君が、偽物みたいで……本当の君が隠されて土に生き埋めにされたって言われても信じてしまいそうだもの。
ごくり、生唾を飲んでしまう程に、喉がひりひり渇く。
「やっぱり君らは兄妹なんだって思い知ったよ。
すげぇ綺麗でさ、純水は君だってシンちゃんを見て判った。純水ってさ、綺麗すぎる水でさ、魚が住めなくて死んじゃうんだ。酸素とか不純物が一切無くて息ができないんだ、魚には。
俺は君の水で殺される魚なんだ。君が助けようとする行為をすればする程、俺は惨めになる。あの人もそうだよね、俺が裏切った事実を隠そうとしてくれた、俺を気遣って。
君らはそうだ、俺を気遣うんだ、くそ綺麗な心構えで。貴方のため、貴方のためって押しつけてくる! 貴方のためって思い方はすごく便利だよね、そんな態度使えばどんな手段でも許されるんだから! どう見ても周りが君たちにだけ味方につくようになってる汚い仕組みだ!
……母ちゃんが、よく使う手だ、〝貴方の為にお兄ちゃんと同居することにしたの、勉強見て貰えるでしょう?〟って、兄ちゃんの暴力が嫁さんにいかない為なのにね? 男の俺なら丈夫だから、殴られろって? 嗤っちゃう」
ぎっと指先に力を込めようとした一瞬が判って、私は目を見開き、びくっとして肩が跳ねて目を一回閉じてしまった。目をゆっくり開くと、たった一度の怯えが、若葉を動かした。
「どうして、それが――」
若葉は銃を私から離して、私の顔を覗き込むように、間近に顔を寄せた。
若葉の綺麗な日本人らしい瞳に、生を感じる光はない――どぎつい欲望に晒された成金のようにぎらぎらとしている。
轟々と燃える炎のような瞳。
人間らしい瞳だ――急にそんな思いが過ぎった。
とても人間らしい、強欲に取り憑かれた罪深い瞳だ――若葉とのイメージがそぐわない。
若葉はもっとこう、明るく笑って、冗談を言ってじゃれ合うくらいの気軽さが、似合うのに。
「どうしてその行為が、俺やシンを苦しめると気づかない――? 正論なんて聞きたくないんだ。君の価値観なんてどうでもいい、知ったところで君が善人を押しつけてくるのが判る。
君たちがただの人間じゃないと知って、俺は納得したよ……君ら兄妹は、余りにも遠いんだ、本当にお星様みたいなんだ。童話なんかには収まらない。物語の主人公だって言われて、俺が脇役なんだと判って、納得した。そうだよね、主人公はこんなに弱くないもんね!?
俺は、こんなに主役になりたいのに!! だから君は……俺のお姫様だ。君がいないと俺にはもうどうしていいか判らない。
君だけが俺の頼りだ……俺がこのまま強者でいられる為にも、俺が俺であるためにも。だから、魔法使いにはもう戻らない。王子様になれば主役になれる。俺は、俺の為に魔法を使った」
瞳が私に対して「ごめんね」と嗤っている。自嘲だ。だがそれと同時に愉悦だ。
少なくとも、一瞬の謝罪を私は感じ取った――声を掛けようとした刹那。
若葉の指先が動く。ああ、私は死ぬのかな――って怖かったのに、どうしても目を瞑れなかった。
「俺は君の王子様になりたい……はずだった……」
若葉は銃口をさっと移動させて、どこか見知らぬ先に向かって銃を撃つ。ずだぁんと鼓膜に響く音が振動するようにお腹にまで伝わって、驚いていると、呻き声が聞こえた。
どたっと何かが落ちる音がして、暗がりから白銀の少年が現れた。
「――時間に負けたか」
「……シンちゃんから聞いた通りだね。君の予想と外れると、君は現実に現れるんだ。初めまして、かな? ロワちゃん――」
白銀の少年が片腕を打たれて突っ立っていた、撃たれた片腕に対して意識を特に向けるわけでもなく、ただただじっと私達を見ていた。ふらりふらりと近寄ってくる。
少年が私を睨み付ける――敵意を少年からは想像できないのに、なぜかこの時は激しい敵意を感じていた。
「今のままだと誰も救われない。変わるんだ、ヨダカ」
「……誰……?」
「ヨダカ!」
私が混乱していると、少年は益々怒りを露わにして、私を睨み付ける。
私を睨んでから、少年は若葉に視線を向けて吼えた。




