一度さよなら
「だけど厄介だな、扉を開けられない……四人いないから」
私は頼から離れて、数々の扉を見つめて唸る。
シンがいても三人だったのに、シンが抜けたら余計に開けられない。
溜息をつきかけた時、頼が頭をぽんぽんと撫でるように軽く叩いてくれた。
「大丈夫だ、気にするな。きっと開けられる」
「どうして? 四人揃わないと開けられないんだろう?」
「――魔法使いの狙いは王子様だ。王子様をお姫様のために手に入れるために、どんな手段でも使ってくるだろうさ――それに手に入れなければならないものもある」
……強者のままでいるためには、純水が必要。
純水が何を意味しているのか、頼には判っているのだろうか。若葉にも判っているのだろうか。
純水――綺麗すぎる水。ただの水を手に入れればいいのだろうか、それとも頼のように「犬」という存在になりうる者を探せということだろうか。
頼についていく、階段近くの扉。ランプが隣に設置されていて、じりじりと私達を暖まるような照らし方をする。
傍には調度品が扉と扉の間に一つは並んでいる。
頼の目は、最初に出会ったときのような冬の瞳で、扉を指し示す。
「――リカオン、お前の大事なもんは何だ?」
「ん? そりゃ、みんなさ! 頼も若葉も、何者にも代え難い大事な人達だ!」
「……そうか、じゃあオレは覚悟しねェとな」
頼は名残惜しそうに扉を開いた、扉を開けば中には水晶玉が置かれている。
私達の屋敷にくるよりも前の、幼い頃の頼と私の映っている水晶玉。フィルムのようにからからと音が鳴っていて、水晶玉はひたすらに私達を映していた。
部屋に文字が描かれる。
『大事な物を失ったら、人はどうなる?』
私は頼のほうへ振り向いた、表情に不安な物が全て出ていたのか、頼は微苦笑した。
表情が大丈夫だ、って言ってる。けれど大事な物を失うって――とても怖いじゃないか。
「この部屋は〝主人公〟の為の部屋だ」
頼が教えてくれる声色が、酷く優しくて私は悲しみに身震いする。
頼は主人公じゃないって自覚している、屋敷から出るつもりはないって言ってる。
考えてみるって言ったのに、優しい不器用な嘘つき。
「〝主人公〟をまさか殺すわけもねぇだろう。大丈夫、失ってこい」
「……頼、怖いよ」
「……このままこの屋敷にいるのと、どっちが怖い?」
頼は幼い子に言うことを聞かせるようによしよしと撫でてくれた。
この優しい手を失えというのか、思い出した数年分の懐かしさ愛しさも全て全て!
――皆を、救う存在なんだ。主人公っていうのはきっと皆を救うから主人公なんだ。
どんな苦難も乗り越えて、皆にハッピーエンドを届ける存在なんだ。
それならいっそ――脇役のほうが楽なんだろうなって思えば、負けなのだろう。
負けたくない。私は、私に勝ちたい。
「失うにはどうすればいい?」
私は部屋へと問いかけた、水晶玉を両手で抱えて。
部屋の文字がぐねぐねと泳ぐように揺れて、「割って」と書かれる文字に変わった。
人を試す部屋か、試される出来事で何か変われば、それまでの女。
これは私を試している、私が本当に王子様になれるかどうかを。頼や若葉やシンを救えるかどうか。
救えるのなら、私は――幾らでも試されて狂ってやる。
ガシャン――割った瞬間に、閃光が……。




