待ち望んだ休憩時間
灰色の風景、嗚呼、さっき時間に二度も勝ったと言っていたからな。
なんの時間がきたか判っている。涼やかな氷のような息づかいが響き渡る。
時が止まる――誰一人動かない、己の目の前にいつも通り銀色の少年がきらきらとした砂金を引き連れて、虚空に浮かぶ。
少年は笑わず、だが愚かなモノでも見るような目で若葉のいた部屋を見やる。
見やってから、私へ視線を戻し、小首を傾げて弱者の部屋を指さす。
「信じたくないだろ? これから、お前の敵になる。いや、きっとこの屋敷にきたときから、敵だったんだ」
「そんなわけがない! 若葉は優しいんだ、私を大事にしてくれるんだ! あり得ない、そんなの!」
「じゃあ何故お前は涙するのだ、ヨダカ? もう自分ではとっくに判っているんだろう」
意地悪だね、一番否定したいこの雫を指摘するなんて。
目から流れ頬から滴り落ちる透明の雫は、地面に落ちる。私は両手で拳を作り、顔を隠すように押し当てて、俯いた。
「……信じたくないじゃないか。誰だって、信じたくないよ、友達が裏切るなんてッ」
「人は常に裏切る生き物だ、そんな理解さえできないのなら、元の世界に戻るなんて諦めろ。外は裏切りだらけだ」
「違うよ、外はもっと綺麗なんだっ!」
こんな場所より、もっと輝きに満ちている場所の筈だ。
山があったり海があったり。都会だと高層ビルがあってさ、その中に特別高いタワーもあるんだよ。そこの展望室からの眺めは高すぎて怖いんだけど、綺麗でさ。
夜になると、海に落とした宝箱の宝石みたいなんだ。
学校はさ、屋上が特等席で、風が夏になると爽やかなんだ。
もっともっと美しい場所だからこそ、帰還を望んでいた筈なのに、今はこの時間が巻き戻らないかと願っている。
シンを出した瞬間の、若葉が笑って、頼が見守っていたあの時間に戻って欲しいと。
いいや、もっともっと前の時間に戻って。願わずにはいられない。
どうして私は信じてしまったのだろう、どうして私は若葉の手から銃を奪わなかったのだろう。
人には絶対などとあり得ないのに、どうして若葉は絶対狂わないと思ったのだろう。
涙を止めようと頑張っていると、銀色の少年――ロワは、近づいてきて、手のひらに貴重な食料である、包装された飴玉を一つ握らせた。ミルクキャンディだ。私にくれようとしているようだった。
私は驚いて俯くのをやめて、瞬く。
「これからもっとお前は疲労する。糖分は疲労に効く、食っとけ」
「君はなぜ私を気遣うんだい?」
「気遣ってるわけじゃない。ただ、お前まで狂ってしまったら、つまらない。おまえは躓く人間だ、後ろ向きになりつづける鳥の宿命。後ろ向きになる〝名前〟を持ってしまっている。だがな、ヨダカは星になる。誰よりも輝く。お前の絶望は、転倒しないで進める前へと繋がっているんだ。それを思い出せ、お前は一歩前へ歩く力を持っている。お前にしかできない力を、俺は知っている――お前がこの屋敷を変えるんだ」
「おかしな話だ、何もかも知っている仕草をする君が人に期待をするのか? 君は神を名乗るほど、全て知っていそうなのに」
「……期待? これは期待というのか? ……俺はただ……。なぁ、俺の狭い世界をどうするかは、お前が左右するんだ。お前だけが握れる現在という時間なんだ、未来は現在何をするかで大きく変化する……」
それならばどうすれば皆を守れるんだ――聞こうとしたら、ロワは酷く悲しい諦観の表情を浮かべた。
「若葉のことは諦めろ。あれは亡霊のごとく屋敷で生き続けるが、お前にとって敵になる。俺が唯一お前に対して、厭う感情が若葉への執着だ」
ロワが紅い瞳を瞬かせ、鼻をひくひくとさせる。ふわんと視線の先に生地が揺れて、裾が絹のドレスみたいに滑らかに広がる。
段々とロワの格好は、この屋敷に沿っているように感ぜられた。
「……見抜いているのか、そこまで」
この屋敷から若葉を解放したいって。若葉を助ける目標を持っているとロワは悟っているのか。
「先ほど、何が行われたか、あの裏切りの部屋で何が起きたか見せよう」
ロワはポケットからクレヨンを取り出して、壁に円を描く。円の中に、若葉が一人できょろきょろしている光景が、浮かび上がった。
動画のように、私の親愛なる友達だった若葉が映し出されて、懐かしさに泣きそうになった。




