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強者の変貌

 もう何処にも逃げ場は無いんだと、追いつめられている笑顔。

 爽やかだけれど、歪さは隠せない汚い笑顔。この世の深淵全て覗いてきたような笑みだった。若葉の笑顔を今まで怖いと思った覚えはない。

 いつも若葉の笑顔で元気が出てきた、悲しいときも若葉の笑顔を見れば明日も頑張るんだって勇気が宿っていた。

 だがしかし、この場では――震えそうな程怖い。

 一瞬でどうして――君は私の知らない、仮面を被ってしまったんだ?

 畏怖、強さ、威圧で出来ている仮面。全て、力で征服しようとする者の顔だ。

 若葉には似合わない、ちっとも似合わない筈なのに!

 若葉、君を助けたいのに足が動かないんだ、君が心からこんな光景も言葉も望んでいるわけじゃないんだって知ってるからこそ何とかしてあげたいのに!



「――……また、何もできなかったか」


 頼が小さく呟いた瞬間、部屋からピンポンと音が聞こえて、床に文字が渦巻く。


『嗚呼、嗚呼! なんて素晴らしい言葉なのでしょう。〝俺に従え〟良い言葉ですね。強い強い貴方には、たくさんの銃を与えましょう。どれも好きなタイミングで撃てますよ? 貴方こそこの部屋の強者です。弱者とはさようならをしてください、けれど純水だけは手に入れるように。純水がなければ、喉を潤す行為もできないのです。永遠に強者でいられない』


 ――皮肉にも正解してしまった、若葉の言葉で正解してしまったんだ。

 部屋が変化していく、幾つもドアが産まれ、ばたんばたんと扉が開閉を繰り返している。ぐにゃりと次元が歪み、目眩が襲う。若葉もその様子だった。身動きできない――身動きができたのは、頼だけだった。

 ここがどういう部屋なのか、不安に思い頼を見やると、頼は俯いて私の手を握った。



「行くぞ、もうここに用はない」


 頼も悲しんでいるのかと思えば、頼の表情は堂々としていた。

 私と目が合うと、一瞬だけ青い瞳に暗闇が灯ったけれども、ショックを受けている様子は大して見られなかった。

 私が何かを言うよりも早く、頼はこの部屋の出入り口だった扉を探し、私とシンちゃんを逃がそうとした。銃声が一回鳴った。威嚇なのか、私達を出させない為に殺そうとしたのかは判らない。ただ、気づけば周囲に短銃が百以上浮かんでいて、どの銃口も私達を目指していた。全て撃たれたら、マシンガンみたいに蜂の巣になるのが、容易に想像できる。


「逃げるな! ここにいろ、お前ら」

「――若葉、オレァよ、残念だよ。いつもこの部屋で必ず裏切るお前が」

「裏切ったのはさっきの部屋で、今じゃない。今は、見せてるんだ、俺が強いって。弱い奴は強い奴に従ったほうが得だろ、だから俺が強いってアピールしてるんだ。俺は君よりか強いんだ。君みたいな何を考えているか、判らない奴に負けるわけが無い。君みたいに、人の気持ちに無頓着な奴なんかに! 頼についていくだけ無駄骨だよ……頼、君も俺に従うなら撃たないでやる。さぁほら、残れよ、此処に。三人とも、そこへ並べ! 仲良く暮らそうよ、俺の言葉だけに従ってさ!」

「若葉!」

「リカオンちゃん、今とても夢みたいな気持ちなんだ。撃つ度に、俺は強いんだって判る。嗚呼、もっと撃ちたい! 俺は……こいつを殺せば英雄になれるんだ!」


 私の「やめて!」という叫び声と銃声が重なって、それでも銃声のほうが大きな音だから部屋に響く。銃は琥珀さんの腹にまた撃たれた。雨のように周囲の短銃が琥珀さんに向かって弾を放ち、それらは全て足に撃たれている。

 敢えて殺さない残忍さが、私の体感温度を一気に低くさせて、ぞっとする。



「殺すわけないじゃん、簡単に。いつでも気が向けば殺せるのに」


 若葉は、琥珀さんが苦しんでいるのを見て、とても憧れていた人とキスでもしたかのようなうっとりとした恍惚さを表情に載せていた。

 そんなうっとりと夢見心地の表情で、私に若葉は銃を向ける。


「ほら従って。でないと、君も俺も幸せになれない――俺は、ずっとずっと強くなりたかった。殴られて耐えるだけじゃ駄目なんだ、色んな人に優しくするだけじゃ駄目なんだ。俺以外のその他は力で支配しないと! 支配こそが力だ! 強い人の証だ! 俺に必要な物語は童話なんかまだるっこしいもんじゃない。俺に相応しいのは英雄伝や活劇だ!」

「……従う必要はねぇからな」


 私を庇うように頼が前に現れる。頼はどうするか必死で考えているというのに、若葉はにやにやと蟻がどういう動きをするのか実験結果を待つような愉しみ方をしている。

 空中に浮かんでいる短銃達が薄ら笑うように、ぐるぐると回り出した。

 嗚呼、私達を弄ぼうとしているんだ――子供の玩具みたいに。

 頼は、部屋に大声を張り上げた。


「若葉には従わない! 俺やリカオンやシンは弱者だ、この部屋を出る! 強者しかいらねぇんだろ!?」


『それもそうですね、ではお出口はあちらに――』


 頼は部屋の性質を利用した――弱者とお別れしてください、と部屋は言ったのだ。

 だからこそ自分が弱者だと認めれば、絶対に安全に部屋から出られるのだ。

 若葉も気づいたのか、頼の脚に銃弾を撃ち込もうとしたが、透明の壁が現れ、銃弾を撃ち込ませてくれない。何発も若葉は撃ち込もうとしているのに。

 そういう〝物語性〟を頼は生み出したんだ、あの短時間で――。

 とても、とても物語の在り方に詳しい人だ、と感心しそうになる。



「待て! 行くな! くそ、俺の〝幸せ〟を返せ! 許さない、アンタら絶対許さないからな!」


 出口らしきドアノブまで、私とシンちゃんと頼は走る。ドアノブはあっさり開いて、若葉との別れをあっさりとさせた。

 頼も部屋から出てきて、若葉の罵声が聞こえてくる――だが、頼はカトラリーを取り出して部屋のドアノブを食べてしまう。

 この部屋から出られないように――? それでもあの部屋は扉が幾つも産まれたから、扉に気づけば若葉と屋敷で鉢合わせしそうな気がした。


「あ、あんまりじゃないか!」

「――ああなるとどうにもできねぇよ、この部屋のプレートを見ろ」


 部屋にプレートがあったのか、と私は気づき、ぱっと見つめると――そこには「弱者の部屋」と書いてあった。


「弱者だけが引っかかる部屋だ、弱者たる生き方をしている奴だけが引っかかる部屋、引っかかったら説得できねぇだろ。強者だ強者だって言い聞かせて、本当の弱者を騙す、いやらしい部屋だ。弱者を実感してる奴だけに、強者であることを拘らせるんだ。全部この屋敷の扉を開けるにはこの部屋に耐えるのは必要だった――若葉は耐えられなかった」

「そんな……若葉、若葉! 一緒に出ようって……頼、私と若葉を逃がしてくれるって約束だったじゃないか! 君は知っていて試したのか!? 酷い!」

「約束も、俺が酷いのも判ってる。何度も今までだって挑戦してきた、だけどやっぱりこうなっちまうんだよ!」


 ――初めて、頼が苛つきを現して私に怒鳴った。

 シンちゃんもそんな頼を見るのが初めてなのか、黙って見つめて息を呑んでいる。

 今まで? 私と君が出会うのは初めてじゃないか、なのに何度もってどういうことだよ。

 どうして、どうしてこうなっちゃうんだよ。

 私はドアに縋り付いて、わぁあんと何度も何度も若葉の名前を叫んだ――。


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