無邪気で愚かな部屋
「今度はどんな部屋だ?」
扉をかちゃりと開けてみると、またしても閃光が走る。
ゆっくりと目を開くと、そこには若葉と私がいて、シンちゃんと頼はこの場にはいない。
誰もが想像する子供の秘密基地みたいな風景だ。
土管が横に並んでいて、ぼうぼうと雑草が並んでいる。
時折シロツメクサが見えるので、その中に四つ葉のクローバーがないか、咄嗟に考えるあたり私は何か幸運に縋りたいのだろう。
「なんか昔を思い出すよね、リカオンちゃんとこういうところで遊んだりしてたの」
「うん、若葉ってばよく蟻の列を踏むと怒ってたよね」
「生きてるのに可哀想じゃん」
「わざとじゃないんだよ!」
ツッコミを入れると若葉はけらけら笑う――。笑っていたのに、少しだけぼんやりしだして、ぽつりと呟いた。
「俺さ、蟻みたいに弱くなりたくないんだ」
「蟻?」
「……巣の上に水を入れられれば、すぐに終わっちゃう、そんな生き物になりたくない。男ならライオンとかさ、そういう強いのに憧れるじゃん。でも……俺は、蟻は蟻で可哀想だって思う」
若葉は表情に、少しだけ悲壮を載せてはにかむ。
「強くなれる切っ掛けすらも、手に入らないで、潰されればそれで終わる……切ないよね。でも、俺は兄ちゃんに殴られるのを甘んじていた……同じ、だ。蟻になんてなりたくないのに。どうすれば強くなる切っ掛けが手に入るんだろう」
「若葉は強くなりたいのか?」
「……弱くても何かを守れたらそれでいいって思っていたよ。兄ちゃんに殴られても、俺が我慢すればそれで皆守れるから。誰も酷い目に遭わない。弱いままでいるのって楽なんだよ、だって何もしないで我慢すれば終わるんだ。……でも、弱いままでいいのかなぁって此処へきてから思うようになった。弱いのは、嫌だ……俺は、弱くなんてない……弱いって、つまり道端で転がってる石みたいにどうでもいい存在って意味になるでしょ?」
若葉に何か言葉を掛けようと、必死に悩んでいた――瞬間、部屋の天井……というより空に黒く文字が浮かび上がる。
『ダンゴムシを踏んだり、叩いたりしてください』
――? 何だ、今回は随分簡単だな。
私はダンゴムシを探すと、すぐ見つかり、踏んでみるが何も起こらない。
『ダンゴムシを見つけてください』
……そのままじゃ駄目なのか? 若葉へ視線を向けると、真剣に悩んでいた。
「……ふぅん、本物のダンゴムシってわけじゃないんだ? だとすると、それは――」
「意味が分からんよな」
「……リカオンちゃんには、……判らない、かもね。躊躇いもなく踏む君なら」
「どうしてだ? 君にはダンゴムシがなんなのか判っているのか?」
「……ダンゴムシってさ、つつかれただけで、丸くなる弱い奴。それって多分、四人の誰か……」
「なんで?」
「……――言いたくない。言えば、俺がダンゴムシだって認めきってしまう」
若葉がダンゴムシ? 若葉は自分が弱いとか言いたいのか?
何だろう、弱気になっているのかな、こんな場所にずっといたら弱気になってしまうのは判るけれど、弱気のままじゃ解決しない。
私は若葉の背中を気合いを入れてやろうとばしんと叩いた。本当に、軽い気持ちだった。
「大丈夫、若葉は――」
弱くないよ、って言おうとしたんだ。私は自分の心に嘘をついたのかな?
だって君を守らなきゃいけないって思っているのに、そんな言葉を言おうとした。
――それ故の結果なんだろう。
部屋が正解を連想するあの音を鳴らした――若葉の瞳がさっと変わる。私はびくっとして身を固めて、息が震える。
私に対して、怯えや恐怖、苛立ちがすさっと過ぎっていた。
私の指先が震えるほど、若葉の表情からただならぬ憤怒が伝わり、私は一気に肝を冷やした。
「何で叩いたの……やっぱりリカオンちゃんにとっても、俺は弱いんだね……?」
「若葉、違うんだよ! 励まそうとして……ッこの部屋が間違っているんだ!」
「……君は、俺が何をしたのか判らないのに、そんな言葉言い切れるんだね。……前の部屋で、俺が何をしたのか……考えもせずに。正解するために、君は俺を叩いた。君はあの頃と変わらない、気づかずに蟻を踏みつぶすんだ……それが強い人だから、ねぇアシュリー」
にっこりと笑っているのに、瞳も笑っているのに。
「君の夢、君の面白い理想。俺も王子様を目指す、いや、王様かな?」
どこか威厳が漂っていた。この人に逆らってはならないという、感情。
今までそんな感情、若葉に本気で覚えたりしなかったのに、若葉の瞳は本気だった。
「君をお姫様にしてあげる――俺より弱くしてあげる、でなきゃ君は俺を心底必要としてくれない」
「え……」
「アシュリー、君はね? 無意識に俺を下に見ている、だから王様を目指すよ。この言葉の意味、ちゃんと判る? ねぇ、君にこの歪んだ気持ちは届くのかなァ、汚れない君に」
……若葉の声が刺々しくなったと思ったら、部屋が一瞬で普通の部屋に戻り、そこにはシンちゃんと頼がいた。
私が若葉へ言葉を続けようとすると、若葉はにっこり笑ってその場を取り繕う。
「さぁ、次の部屋行こう! 早く正解しないとね!」
……皆が部屋を出て行く、私も部屋を出てプレートを見て一気に苛立つ。
『無邪気で愚かな部屋』
――心の奥底を見透かされた気がした。
若葉を守らなきゃって想いは、若葉を弱いと見下しているのだと知らなかった。
若葉の心を、蟻を踏みつぶすように、気づかずに荒らした――。
それは本当に、無邪気で愚かな――不躾な想い。
苛立って、扉をばんっと蹴りつけてから、皆の元へ走って向かった。
頼が次の部屋を指さす。階段に一番近い部屋だ、頼は扉を手の甲でこん、と叩く。
「何が大事かは判ってンな?」
「あたくしは知りませんわ」
「アンタは数合わせだから別に」
頼の質問は私と若葉に向けられてる、若葉は少し青白い顔色で頷いた。
瞳はしっかりとしているから、私は信じて、私も頼を見つめて頷いた。
頼は私と若葉を交互に見つめてから、口の端をつり上げて部屋の扉を開いた。
今度の部屋は、――……だぁんと耳が焼かれるような音がした。




