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疑惑

「す、すまない」


「……まさか、思い出したのか?」



 ほんの少し、頼の瞳に涙が滲んでいた。私の態度に何かしら思うものがあったらしく、声には期待が籠もっていた。

 私は咄嗟に手を離した――期待を拒絶するような動きで、ちょっと残酷かもしれないと行動した後で自分の行動に悲しくなった。

 それほどまでに、頼の瞳は嬉しそうだったんだ。


「え?」

「……何でもねぇよ」

「私と君には何か繋がりがあるのか?」

「……なぁんにも」


 頼は手をポケットに突っ込んで、片手を軽く掲げて首を振った。外人っぽい動作でジェスチャーなどでよく見る「判らないなぁ?」という動きだ。

 先ほどの嬉しそうな色の瞳は、さっと雲隠れした。

 ねぇ、本当に何もないのかい? ねぇ、それって何だか君と仲良しになれないって言われてるようで寂しいよ――。

 シンちゃんが私を見ていた、シンちゃんは私と視線が合うとにこっと笑いかけてきた。

 若葉と頼を先に行かせて、シンちゃんは私の背中をぽんと軽く叩いてくれた。


「あの方は昔からああだから、気にしないほうがよくてよ。人と距離を取りたがるの」

「どうしてだ? あんなに優しい人なのに」

「――優しいからといって、必ずしも人と関わりたがるかどうかは別ですのよ。貴方は周囲が絶対に美味しいと言ってるうちの屋敷の料理を、必ず食べたい? 頼様は昔から、あんな感じですわ。ずっと心に何か抱えている、動かざるごと山のごとし、だったかしら? 絶対に何も行動を起こさない御方です。だからね、とてもリカオン様が不思議ですの。貴女と頼様って見た目似てますし、何よりあの御方が見守るだけの態勢をやめるなんて想像できませんでしたわ」

「見守るだけの態勢?」

「あらやだ、あの方の在り方を知ってて頼ったのだと思ったのですけれど。あの方は、確かにこの屋敷を全て知ってますわ。逃げ出すにはあの方の協力が必要不可欠でしょうね。でもね、あの方は絶対に何もしないで見守るだけの位置を維持してましたのよ。今まで救おうとしなかったわけじゃありませんわ。救おうと動こうとするから、余計に助けを求める方が悲惨な目に遭いますの。それを頼様は知ってるから、何もしようとせず、助けたい気持ちを殺してきましたわ――よっぽど貴方達を助けたいのでしょうね、ご自分の手で」


 何だって悲惨な目にあうのだろう、助けを求めるほうが?

 シンちゃんの言葉に私はどう答えたらいいか判らないで狼狽えると、シンちゃんはそっと秘密でも教えるような声色で囁く。


「あの方はね、死にたがっている。その本能が危険な方向へ無意識に向かってしまうのでしょう、心の底では本当に助けたいと思っているのでしょうね、だからこそ可哀想で危険な御方。純粋悪になってしまっていますわ。助けたいと思う人を不幸にしてしまう……貴女もお気をつけあそばせ?」

「……シンちゃんは……? シンちゃんは頼をそんな風に思っているの?」

「ええ、ですから貴女にご忠告を」

「それを私に言ってどうするの?」


 シンちゃんの穏やかな瞳がちかっと一瞬綺麗に光った。頼がライターで火を作ったからだった。煙草を呑もうとしている。

 シンちゃんは何も言わず、私の肩を叩いた。美しい瞳に、少し得体の知れない怖さを感じた。

 この屋敷は、人を疑心暗鬼にしてこようとしてくる。

 ロワ、時間と闘うって恐怖と闘うのだと思ったけれど、こんな意味合いも出てくるんだね。

 君だけは絶対に信じても良いかな、ねぇロワ。私だけの幼い神様。

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