緑の貴婦人
「な、何で――何でクリアに……」
「どうした? どうしたんだ、若葉?」
「だって俺は……怖くて……」
がちがちと寒さを堪えるように震える若葉。何かから逃げている視線で、私と目が合うと自分自身を抱き込んで、ぶるぶる震えていた。
私は頼もいるのだと気づいた。頼と目があうと、頼は何も言わず壁に寄っかかって様子見をしている。見慣れた光景でも見てる時の対応だ。
今まで屋敷でそんな反応幾つも見てきたよ、って態度が教えていた。
私は若葉を落ち着かせようとそっと背中を撫でようとしたら、若葉はびくっと肩を跳ねて反応し、私を見つめる。俯いていた顔が私の視線とぶつかると、大きな瞳が見開かれ、そこからは畏れが見える。
「リカオンちゃん……俺は、君がいなくなったらどうしたらいいか判らないよ。俺は、何もできないよ……俺は……嘘なんて……つかない」
「若葉? 大丈夫か。そうだな、さっきの部屋は怖い選択肢でもあったしな。正解を見つけるのが難しかった」
私は若葉に大丈夫だよって声をかけようとした。だって今こんな部屋だっていうのは、私達は正解したからなんだろう? 失敗したらどうなるか判らないけれど。
それでも生きている、五体満足に。それでいいじゃないか。
「……リカオンちゃんは裏切ってないの?」
「……? どうしたんだい、本当に」
「……あいつ」
若葉は私の両手を握りしめて、頼の居る方へ視線をばっと向けて、睨み付けた。
いや、怯えていた――まるで太陽の明るさから逃げ出す月みたいに。
太陽の明るさが眩しいような、熱で焼かれないように、そんな目で小動物みたいに怯えていた。
頼に視線をやると、頼は息をついて手帳の絵本に書き込んでいた。
文字ではなく、ただ、マルとバツだけ書いてるようだった。
「どうして?」
「何が?」
若葉は頼に問いかけるが、頼は言及されても何も言うつもりないぞって顔をしている。
若葉はずーっと睨み付けた、黙ったまま。俺だけは何もかも知ってる、みたいな物知り顔だと感じた。
緊迫した空気が二人に流れる、もしかして若葉は裏切ってしまったのだろうか?
そうだとしたらこの部屋は不正解なのか? 頼の様子では正解のようだ。
――もし、若葉が裏切ったのだとしたら、頼はある意味裏切っている。
頼は裏切らない予定だったのに裏切ったという行動が告げているのは、頼は私達を邪魔するかもしれないという。
それでも、此処から逃げ出すには頼というヒントが必要だ。何より、頼が裏切るなんて信じたくない。ロワが言っていたんだ、犬は忠実だって。
私は不安を少し声に出してしまって、若葉に呼びかけた。
「若葉……」
「大丈夫……もう大丈夫。あはは……ごめんね、ちょっと疲れちゃってさ」
若葉は真っ青なまま、えへらと笑った。何だかその笑顔はいつもの見慣れている笑顔と種類が違っていて、紛い物のような違和感だった。
頼にも笑いかけてその笑みが自然なものに戻っていたので、私はほっとした。
大丈夫だ、って思った。私と若葉がしっかりしていれば、騙されない。犬はあくまで犬なんだ、主役である証明をしていけば私と若葉は助かる。
頼は道案内までって話だし、この屋敷から逃げたくなさそうだ。
頼はポケットに手帳の絵本をしまいこむと、階段の方角を見やる。
「ここから四人で解かないといけなくなる」
「四人? 屋敷の客人を捜すのかい?」
「いや……それができたら有難いが、もうこの屋敷は閉ざされてる。だから、屋敷にあるものを使う」
「屋敷にあるもの?」
「――緑の貴婦人」
内緒事のヒントをこっそり教える声色で、頼は人差し指を口元に置いて、しぃと呟いた。
私と若葉が顔を見合わせていると、頼は階段の踊り場まで行き、絵画をじっと見つめる。
雲村紅って画家が描いていた絵画だ、昼に見かけた。
頼がウィンクをして口づけた人差し指でそっと絵画に、触れた。




