馬鹿正直な狼と、嘲る犬
どの扉も開かなくなった。私の部屋も戻れなくなって、どの扉も開かない。
窓も開かないで、空が暗くなっていくのしか見えない。
いや、空の色が暗くなってからずっと変わってない。ずっと同じ時間にいるみたいで。
嗚呼、雪だ、吹雪が猛烈に荒れ狂っている。窓ががたがた揺れているのはこれの予兆だったのか。沖縄近くの島なのに、雪なんて珍しい。珍しいし、この地方ならば吹雪なんて考えられないだろうに、窓辺では真っ白な何百本の矢が降り注ぐかのような雪が降っている。
私も、ロワと一緒に時間と闘ってるような感覚を持った。
時間と闘うとはどういう意味なのかそれまで知らなかった。ただ過ぎ去るのを待つだけかと思っていた。
時間との戦いって、自分自身の心が「冷静さ」から「恐怖心」に負けていかないかどうかだったんだ。
徐々に恐怖が浸食してくる、一人だけじゃ駄目なんだ。冷静なのが一人だけではそのうち怖さに負けるんだ。負けて、食われてしまうんだ。
ロワ、あの子はでもずっと一人で闘ってる気がした。あの子はどれだけの恐怖と対峙してきたんだろう。
怖いって泣き出さないで、あんな無表情でよくずっといられるな。
……もう、泣きたいという感情も通り過ぎたのかな、泣きたいという感情を捨ててまで挑もうとしているのかな。時間へ向かって。
あの子はきっと心から強い子なんだろうね、どうしても勝ちたいんだろうね。
ロワが時間に勝ちたいのってどうしてなんだろうな。
「どうしようか、リカオンちゃん」
「……とりあえず明るい方向に行ってみよう。暗い方向のほうが正解かもしれないけれど、見えないと歩けない」
若葉は頷いて、私の後ろを守るように歩いて周囲を警戒する。
屋敷が最初に来たときより広く感じてしまうのは、私だけじゃない筈だ。もうこの屋敷はただの屋敷じゃない。
化け物屋敷なんだって認識していいんだ。
永遠に下りられない階段なんてあり得ない、こんなに長い通路あり得ない、古時計が鳴り響く音が大きすぎる。夜になるまでは五月蠅かった鴉の声が聞こえない。
明るい方角に向かって歩くと、がちゃんと音が聞こえた。何かが割れた音だ。
先のほうに扉があって、私と若葉は顔を見合わせた。扉をそっと開けて、若葉が見張る間に私は扉の中を見つめる。
視線の先には――田鎖 頼。
座敷牢みたいな部屋に頼が胡座をかいていた。頼の足下には、出会ったとき読んでいた手帳のような大きさの絵本がある。表紙にお姫様や王子様があったから、絵本だとすぐに判った。
私と視線があうと、頼が手招く。誰も今いないのかなと部屋を観察してみる、誰もいない。
若葉に待つように頼んで、中に入った。
頼は私がやってくると、じっと見つめてからふいっと視線をそらした。
関わりたくないけど関わらなければならない、そんな寂しい目をしていた。頼が関わりやすい話はこれだろうと、会話を提案してみる。
「君はこの屋敷を知っているのかい?」
「――まァな。長くいるからな」
頼はやはりこの話題を待っていた、頼はじっとまっすぐに見つめてきた。強い強い瞳だ、氷のような蒼炎のような。対極ではあるが、触れられない程に強くて蒼いイメージなのは一緒だ。
「君はこの屋敷の何なんだ? 客でもなさそうだし、店主でもなさそうだ」
「……店主側ではある。ただオレはこの屋敷や、食べ物に興味がない、それだけだ」
素直に疑問をぶつけてみると、頼は信じてくれるか自信のない弱気が見える声色だった。表情は不貞不貞しいのは変わらない。
店主側なら敵でもおかしくないけれど、何事にも興味なさそうな頼の態度に、少し賭けてみたくなった。
もしかしたら助けてくれるんじゃないか、と。
「私と若葉はここから出たいんだ、助けてくれないか?」
「――何故オレにそれを聞くんだ? オレは店主側だって言ってるのに」
表情が嘲笑っている、「馬鹿正直すぎる」って顔に書かれている。




