脱出劇開始
私と若葉はできるだけ少ない荷物で屋敷からでようと考えた。
トランクをまるごと持って動くのは目立ちすぎる。
まだ琥珀さんに私と若葉が逃げだそうとしているって気づかれる前に、ロワの言っていた「犬」を見つけなければならない。
この屋敷は、きっと普通じゃない。ロワの存在が物語っている。
ただでかいだけの屋敷じゃないぞ、何か仕掛けや罠がたくさんあるぞってロワの瞳が言っていた。
ロワに助けを求めても、あの子はヒントは少しはくれるかもしれない、心から願えばね。でも、基本的に自分でどうにかしろって態度が言っている。
自分で欲しいものは手にしろと言っているから、あの子を気にするのはやめた。
若葉の部屋にいって、若葉の荷物を確認してから、若葉の部屋を出ると屋敷の印象が変わった。
それまではオシャレな少しゴシックっぽい宿泊施設だと思っていたのに、一気に恐怖心が火であぶられて蒸発してころんと手元に残ったような、恐怖が明確な形になる。
ランプの灯りが時折揺らめいて、延々と続きそうな扉と廊下を照らす。
私は息を呑んでから、歩き出そうとすると、時計が鳴る。
ぼーんぼーんと古時計が鳴り続け、屋敷にエコーし続ける。まるでそれは戦いの開始合図みたいに。
周囲が暗くなっていく、明かりが通路のランプだけになっていく。
祈るしかできないお姫様にはならないと決めた、私は若葉の手を繋いで、歩き出す。
ぼーんぼーんとまだ古時計は鳴り響いている、その音は少しレトロで、だけど厄災を感じさせる不吉な音。
階段も見えたが、一番に思い出したのは、洋館もののホラー映画だった。
映画館やテレビで見てるときは、エンディングが早くこないかと願って、ハッピーエンドになりきらないエンディングに不満だったが今なら頷ける。
めでたしめでたしで終わる未来なんて、絶対に有り得ない――誰かしら不幸になるし、誰かしら悲しむ。
――でも今はその結末は置いといて、私達なりの幸せに繋がる出口を探そう。
この真っ黒い屋敷から、真っ黒い外に出るための、道を。
階段を下りようとする。階段の先は真っ暗で見えないが、一歩先の段差は見える。
段差を下りても下りても、下に辿り着かない。
扉に向かって歩きたいのに、扉に辿り着くのでさえ難しく思える。
やっぱり「犬」を見つけるのが先か――。
注文の多い料理店は、犬が出てから状況が一転するんだ。
私は若葉へ振り返って、犬の話をする。ロワの話を省略して、犬という存在が自分たちを助けてくれると。
「兎ならいたけれど、この屋敷、犬はいなかったんだ。犬を見つけないと……」
「それって本当に言葉通り、犬なの?」
「どういう意味だ?」
「犬みたいに状況を一転させる『人間』でもいいんじゃないかな。犬は、料理店では異色だったんでしょ。異色な人間を捜せばいいんだよ」
「異色な人間?」
「――田鎖 頼。あの人、琥珀さんにとって特別っぽかったよね? どうしてかは判らないけれど、執着してる。琥珀さんがあの人の話題だと、自分の嫁さんを殴る時の兄ちゃんと同じ顔してた」
頼。小さく呟いてから、名前からくる安堵感に不思議だった。
何故か、とても頼りたくなる名前。名前が「頼」だからってわけでもなく、何だか古くからその存在に頼って生きてきたような気がして。
ロワの呼ぶ声を思い出す。
〝ヨダカ〟
それは私ではなく――別の誰かがその名を呼ばれるべきだと思った。
星は、幾つもあるから。空に満天に咲くから、間違えやすい。私はヨダカという星ではない。
私にはだって、水色の空があるんだよ、シリウスという名前があるんだよ!
私の飛びたい空は違う。
私はヨダカを知っているけれど、ヨダカを見たがっているけれど、ヨダカではないんだ!
――じゃあ何故ヨダカを探すの?
――判らない。
自問自答に落ち込みそうになる。
階段を下りるのをやめ、上るとあっさりと元の位置に戻る。
下に何かあるんだな、下からやっぱり出られるんだな――。
頼を探そう、あの人なら何か知っていると私も思う。何より屋敷の秘密を知っていて、私たちに肉を食べるなと言ってきたって、助けたいという意志がちょっと見えた気がしたんだよ。




