若葉にとっての存在価値
若葉は力なく項垂れている。躊躇いながら一寸、私の言葉を聞き返そうとしていたが、私はそれよりも先にトランクを開ける。
何か武器はないか、少しは食料になりそうなこのチョコレートとかも持って行ったほうがいいだろうか、とか考えている。
私と若葉に沈黙が訪れる、若葉は泣き声を我慢していて、「っふ」と呼吸音がした。
素直に泣いてもいいのに――怖いって。私だってさっきは泣いたんだ。
純粋な子供の前で。ロワの前で、叫んだんだ、どうしてって。
若葉は今とは別の恐怖を思い出したのか、小さく呟く声が聞こえる。
「無理だよ、兄ちゃんから逃げられないんだ――」
「若葉ッ! 私は君にずっと言いたかった、逃げていいんだって!」
私は若葉の言葉に振り返って、若葉を叱咤する。
今まで君のそういう言葉を真面目に聞いても、真っ当に向かっていこうとしなかったね、私は。
私は君とぶつかるのを恐れていた、それが誠意ではないと気づかずに。
君とぶつからない為に言葉を選んでいた、君の喜ぶように家族の話題を避けてきた。
私達は悲しいけれど、うわべだけの友達だったんだ。
でも、今は君の弱さも、私の弱さも要らない。
君だって男の子なんだ、そうさ、君はお姫様らしいけど君だって男の子なんだ!
真っ向から向かっていって、それで挫けたらしかたないさ。けどね、君はずっと私と一緒で見ないふりしている!
怖いんだろう、判るよ、誰だって自分を傷つける者は怖いんだ!
敵だって知ったとき、一番に思いつくのは嫌悪じゃない。悲しみだ。
どうして、なんで、ってずっと考えてばかりになる。嫌悪が浮かぶのは、敵と話し合ってからなんだ。
なぁ、君はずっと憎しみが浮かんでいない。
嫌悪を浮かばせる前の、「どうして?」という疑問や錯乱状態にずーっといるんだ。
君よ、もうそろそろ嫌って良いんだよ! 人を嫌わずにいられるなんて、無邪気でいられるものか、そんな簡単に!
絶対に人を嫌わない奴がいるとしたら、そいつは馬鹿だ! 嫌えば幾らでも楽になれるから。
もっと人間らしい生き方をしていいんだよ! 人を嫌ったり好いたりなんて、誰だって皆しているんだ! 好き嫌いがなかったら、価値観さえ消える!
人間にとって価値観ってとても大事だと私は思うよ、君はそんな価値観でさえ殺そうとするのかい?
それならば私は、君自身を殺そうとする君を止めたいよ。
そんなことをして、何を「守った」というの? 何から「守った」の?
君は何を守りたいの?
選択肢をそろそろ決めるべきなんだ、AがAであってるかなんて後回しでいいから、君がAだと思ったらAを選ぶんだ! そもそも正解だなんて誰が決めて、誰に訊くんだ!?
誰もが間違ってるといっても、私だけは君は間違ってないって励まし続けるから!
「君はお兄さんに立ち向かえる、君のでかい図体は何のためにあるんだ!? 君を守るのは簡単なんだきっと。しかし今の私にはできない、守ろうと思わない。君は、『助けて』の一言も言わないからだ!」
私が睨み付けて怒鳴ると、若葉はびくっとして、おろおろとしてから視線を泳がせる。
泳がせた眼はある一方へ逃げるようにして視線をそらして、若葉は俯いた。
若葉は涙を見せながらも、震えていて。口元に手を置いて、声を飲み込んでいる。
逃げるな! 私は狼だ、君を捕らえるよ、放さないよ! 君が逃げようったって、君の勇気を見つけさせるよ!
私は若葉の肩をがしっと掴んで二、三回揺さぶる。




