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バッドエンドループが往復ビンタで襲ってくるけど、最後に笑って祝盃をあげてやる  作者: かぎのえみずる
第一章ー こちらにお掛けください、食前酒はどうなさいますか?
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名脇役たる人

 屋敷の中を見て回ろう、という結論に至った。

 この島には他に何も無いらしく、あとは屋敷周りの林だとか散歩には良さそうだがガイドのパンフレットには「名物はワイルドキャット」と書いてあった。

 この屋敷付近にいるのか、カラスがぎゃーぎゃー叫ぶ声が時折聞こえて、羽ばたく音がばさばさっと大きい。それが不気味で、「これはお勧めなのは店だけだとも言いたくなる」と納得せざるを得なかった。

 他のお客さんがどんな人か見に行こうという話もあったので、屋敷を探検という結論なのだ。

 屋敷には幾つか部屋があって、その全てが客室というわけではなさそうだった。

 だが鍵がかかっていて、開けるのが難しい。

 琥珀さんに「屋敷内で催し物はないのか」と聞きに行こうとした。

 昼の三時に昼風呂という贅沢をして旅の疲れを癒し、支度をして鏡をチェックする。鏡の中の私は、フリルシャツに紺色のジャケット。寒いけれどオシャレを優先して青いミニスカート、それから魔女靴っぽい爪先が尖っているパンプス。いつもならパンツルックだけれど、今日はなんとなく青い衣服でいたかった。今日の私のラッキーカラーは青だ、きっと! 占いが好きな部分は、まだまだ女の子らしさが強いな、と苦笑しそうになる。

 持ってきた衣服に青系の服は、ミニスカートしかなかった。この季節だ、普通は暖色系を選ぶのが正解なのだろうけれど。

 部屋の扉を開けて、若葉が部屋の外に出てくるのを待つ。若葉の準備は傷薬を塗るのも含まれてるので、時間がかかる。

 こつこつと少し普段の革靴よりちょっぴり踵の高いヒールを鳴らして、若葉の部屋の前をうろつく。

 数分してから、若葉が部屋から出てくる。新しいガーゼと包帯に変えていたと判るくらい、消毒液の匂いがする。

 私は若葉の手を繋いで、階段を下りていく。気分は幼い頃に戻っている、探検してる時の気分と一緒だ。幼い頃は私が先導して、後ろででかい若葉が泣いていたなぁ。


「何だか昔を思い出すよね」

 若葉が少し笑い声を含ませながら、私に話しかける。


「合い言葉、覚えているかい!? 冒険しようって誘う時は、ままごとしよう、って言ってたね。傍から聞くと皆心配するから」

「俺たちにとって、ままごとって言葉は全部冒険に繋がっていたよね。……俺は、あの頃のままだ。君の後ろに隠れて弱いまま」

「いいじゃないか、私はかっこよくて強い人を目指してるんだから、私にとっては光栄だよ!」

「――リカオンちゃんも、そのまま、だね」


 何だか若葉が落ち込んだ気配がしたから、振り向いたが、笑顔だったのでまた真っ直ぐ前を向いて歩き出す。

 階段は西洋風で、ドラキュラ屋敷にでもありそうなその手の人が見たら喜びそうなほど、ゴシックっぽい。

 琥珀さんを探そうとして、屋敷内を歩く。ロビーのところで、琥珀さんと老夫婦が談笑していた。

 老夫婦は寄り添っていて、穏やかに微笑み、「今が幸せ」と顔にはっきり書いてあった。

 琥珀さんと話し終わったのを見届けると、私は琥珀さんに声をかけた。


「どうかいたしましたか?」

「いや、何かこの屋敷や……島で面白い見物はないかなって。催し物があったら、嬉しいし見てみたいなっと思ったんだよ」

「催し物はありませんが――若い人には此処はつまらないかもしれませんね」


 苦笑を浮かべる琥珀さん。琥珀さんは、そうだ、と思いついたように何かの古い銅鍵を手渡してくれた。

 琥珀さんの瞳には優しさの裏に、好奇心がちらっと覗いていた。


「暇つぶしにはなるかもしれません、世界中の物語を集めた書庫の鍵です。まだまだ少ないですが――この鍵は、晩餐後に返して頂ければそれで結構です」

「世界中?」

「特別な御方のために用意した書庫なのですが、その御方は本が嫌いなようで」


 夕日が消えていくような悲しげな面持ちを琥珀さんはした後に、それでは、とその場から立ち去っていった。

 琥珀さんに対して、私は何か悲しみを感じ取ったりはしてこなかったが、この時は何故か急に守ってあげたくなるほど、琥珀さんから寂しさを感じていた。

 手の中の鍵を見つめていると、老夫婦が話しかけてきた。


「お嬢さん、本ってどんなものか知ってる?」

「え?」


 本と言えば、物語や研究資料などに使うあれだろ?

 それ以外他にないだろ、と私は目を丸くしていた――老夫婦の奥さんのほうがのんびりとした顔で面白そうに笑って、薄い紅が載った唇を弧へと描いた。


「貴方はそれを知らないと〝勝てないわ〟あの若い主に」

「それどころか、ヨダカを救う術すらもままならないだろうね。ヨダカは本がなんなのかを知り尽くしている。永遠に本の中を彷徨っている」


 旦那さんも何かとっても面白い見物でも見つけたように、夫婦揃って笑っている。

 普通だったら、「不気味な老夫婦」とか思うかもしれないけれど、私はこの老夫婦に何故か優しさを感じたんだ。

 私の「知らない何かを教えてくれている」のだと、感謝したくなったのは何故だろうか。

 「本」というものを知らなくてはいけない、そう教えてくれた二人に泣きたくなるほどの優しさを感じた。

 星を見つけそうになったあの感覚と同じ――私は身震いした。


「貴方達は――」

「お嬢さん。人生はとびきり短いのよ、ヨダカが解き放たれますように」

「お嬢さん。人生はとびきり長いんだ、ヨダカが護ってくれますように」


 老夫婦はにこにことして、階段を上っていった。

 行き交う人間全てに愛を振りまいて生きている、そんな印象だった。

 ――後で。後で話してみたいなって思ったけれど、なんとなくもうあの二人には出会えない気がした。

 若葉は黙って見守っていたが老夫婦を視線だけで見送ると、自分の両腕をさすった。


「何かここの人達って気味悪いね」

「――若葉、あの人達はいい人だよ。きっと」

「何で? おかしくない? ヨダカを知っていたんだよ」

「――ヨダカを知っているから、いい人だった気がする」


 私の言葉を理解できないように若葉は苦い顔をしてから、視線を私の手の中にある鍵に向ける。

 若葉は私から銅鍵を奪い、明かりに照らして、ただの鍵にしては豪華な装飾の銅鍵を光らせる。


「なんか――おあつらえ向きに、いかにもな鍵」

 若葉が馬鹿にするような笑みで銅鍵を見つめてから、私に返してくれた。



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