信じる理由
若葉はペットボトルの中身が残り少ないと気づいて、一気に飲み干した。
飲み干した後に、口元を袖口でふいてぶるりと震えた。
この部屋には暖房がない、エアコンがないのだ。それでも私は何故かあまり寒くなかった。
若葉は寒そうに一回震えてから、蒸れたのかニット帽を脱いで綺麗に染めた金髪を見せてくれる。ニット帽を脱いだ髪型は、ボンパドールだ。
「ロワって子の目的は何だろうね」
「え? 私を休憩させようとしていて――」
「そうじゃなくてさ。何の得があってそんな教えてくれたり、休憩させたりしようとしてくれるわけ? タダより怖い物はないんだよ。そのロワってやつ、怪しいって思わないの?」
若葉の訴えは納得いくんだよ。判るんだよ。言われて「それもそうだな」って思ったのは事実だし。だけどね、どうしてかな、あの子は絶対的に純粋な気がするんだ。
永遠に三歳児の子供みたいな無邪気さ。三歳を超えると、子供は神になれないと聞く。それならばあの子は三歳未満の子供だ。私にとっての神なんだ。何となくそんな気がした。
瞳は達観していたけれど、いつまでも知識の範囲は子供でいるような雰囲気だった。
それに……あの子は「自分はこうする」と言ってきたが、押しつけなかった。「お前はこうしろ」とか「こうしたほうがいい」とかはあまり言ってない気がするんだ。「こうなるだろう」とは言っていたけれど。
その押しつけなさが何だか……信頼してしまう。あの子が騙そうとしてるとは思えない。
「若葉、あの子は信じられる」
「リカオンちゃん、君はさ、信じるときって何を信じる? 相手のどこを信じる?」
「直感だよ、理由なんてない!」
「俺はね、リカオンちゃんのそういうところが心配なんだよ、リカオンちゃんは優しいから。騙されても君は笑う、それこそロワの言うとおりいつか泣き叫ぶ時間が来ても、君はしょうがないって相手に非を背負わせない。俺にはそれが……苦しいんだ」
苦しい? どうして若葉が苦しくなるのだろう――なんて無神経な質問はしない。私の中の「理想」が持つ優しさはそんな質問しない。
きっと幼なじみが騙されるのが嫌だという気持ちを汲むはずだ。
私だって若葉が何かしら、どう見ても悲しい出来事に巻き込まれる運命にあったら嫌だし。若葉はこれからの未来が不安なのだろう。
大丈夫だよって、無責任にも言えない。無責任に言って、「やっぱり駄目だった」ってなったら失望されるのが怖い。私はそんなに優しくない、こうやって言葉を選ぶ卑怯さも持っている。責任感から逃れてる。
でもこのままではいけないのも判っているんだよ、若葉。
「大丈夫だよ」
私は失望されてもいいと思いながら、諭してみる。もしも失望されても諦めない人になる。それもまた私の理想に近づく一歩であり、王子様になる為でもあるんだ。
若葉、君に伝わればいいな。今はきっと私が王子様になる為の試練なんだって。一つ学ぶ為に自信を持とうとしてるんだって。
「……まぁリカオンちゃんが頑張るなら、俺も頑張るよ」
若葉は目を細め信じられない物を見るような目で、思惑とは裏腹の言葉だろう慰めをしてくれた。
思いは通じたようだ、私はほっとして苦笑した。
ねぇ、若葉。でも君の頑張るところは違うところじゃないのかな。
若葉の傷がずっと気になっていた。包帯の箇所にはどれほど酷い傷があるのだろう。ガーゼの下は?
君に聞いたら、君はきっとまた青くなるだろうね。君にぶつかっていく勇気がまだできてない私は、きっとこのままでは王子様になれない。
若葉、私は――君をどうにかしたい気持ちもあるんだよ。こうやって通じていけばいいな、少しずつ。