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乾杯の時刻――完

 全て。

 何もかも。


 女神との戦いを経た後、頼が苦しむ繰り返しの時空全てが消えた。

 頼の一つの意思によって。

 パラレルワールドに、とある「過去」が出来た。



 ――これは、そこから産まれたパラレルワールドからの、エンディング。



 とある時空のとある「過去」の世界で夫妻に子供が生まれた。


 子供は、千鶴と名付けられ、すくすく育つ。

 ある日のことだった。

 千鶴は朝に目を覚ますと、一生懸命絵を描いていた。

 父親は「どうしたんだい」と問いかけると、千鶴は一生懸命絵を描きながら事情を話してくれた。



「沢山の夢を見たんだ。オレではないオレと、仲間の話。親父がな、兎姿。お袋がアリスで、女神に虐められていたんだ」



 千鶴は一瞬絵を描くのを止めて、壁に掛けられてる「緑の貴婦人」を指さす。


「シンも虐められていた!」

「ほう、それはそれは。どんな物語だったのかな?」

「沢山だ。一世紀以上かかる話だ。だから、オレが絵本を描いている。親父とて満足するだろう、質量だ」

「それはそれは……やっぱり千鶴、お前は賢いよ」

「その話は絵本を見終わってから言って貰おう!」


 千鶴は何年も年月を掛けて、絵本を書き続けた。

 一つできるごとに、出来上がった絵本を父親と母親に読み聞かせて、夜だというのに目を爛々とさせた。

 父親は最初は好奇心だけで物語を聞いていたが、徐々に何かしら思い浮かぶ物が出てきたようだった。

 母親は只管、千鶴に「凄いわ」と褒めて、絵本の続きを催促していた。

 毎日毎日絵本を書き続け、母親と父親の間に挟まれて、夜に寝物語として読み聞かせて十年後。千鶴は十四才になっていた。

 絵本を全て書き終えて、最後の絵本を読み聞かせた後。

 父親は神妙な顔を浮かべて、千鶴の手を握った。


「親父?」

「――千鶴、私の親族に会ってみないか? 人を食べないパーティーをしよう、きちんとした宴会。人も、物語も混ざれる宴会を」

「何故だ? 親父の親父から受け継いだ店のルールを忘れたか? この店は人を食べる宿だ」

「千鶴、私の親族に会えばきっと判るよ。そうだ、親族のお友達も招待しなくちゃね」



 千鶴の父親は喜びながら、招待状を作り、本格的に人を食べるのをそれ以来止めた。

 ただの民宿を営み、偶にくるお客様に千鶴は丁寧に尽くした。

 いつか人を食べねばならないのだろう、自分は後継者なのだから。そんな想いを抱いて覚悟していたというのに、拍子抜けである。

 それでも、人に接客するのは楽しいし、何よりお客様は千鶴を可愛がってくれていた。



 千鶴の誕生日――新年を迎える前日だった。

 パーティーの準備をしながら、千鶴はシンと顔を見合わせた。

 千鶴は、夢で見たかっこいい人の真似をして、グラン・クヴェールをしてシンを世界に現した。


「意味が分かりませんわね?」

「なぁ? オレとて判らん。親父の考える内容はいつだって、オレには想像つかないものなのだ」

「しかも、あたくしには硝子の靴を履けと仰って、余計に意味が分かりませんわ」

「――……ただの夢なのに、あれは」

「ロワ? 何か心当たりがありまして?」



 シンは千鶴の秘密の名前を知っていた。千鶴が絵本を見せた故に。

 ロワという名前のほうがしっくりくるので、シンは千鶴から絵本を見せて貰った以降、千鶴をロワと呼んでいる。

 シンが心配げに問いかけると、千鶴は首を左右に振って、色紙で作った薔薇を部屋に飾り付ける。

 やがて、宴会当日、ノック音が響くと、物語の住人達がぴくっとする。

 千鶴を見てはきゃらきゃらと笑い、実に面白い演劇でも見る反応でもあった。

 何が一体そんなに面白いのか、千鶴には判らずシンと顔を見合わせる。


 千鶴の父親はにこにことして、「お前が扉を開けるんだ」と促した。

 千鶴は父親を不思議に思うも、疑わず、大きな扉を一生懸命開けた。


 そこにいたのは――。


「明けましておめでとう! で、あってるかね? ハッピーニューイヤーでも構わないかな? 初めまして、従兄弟殿!」

「明けましておめでとさん……あー、だるい。めんどくさい」

「頼ちゃんは暗いなぁ! 明けましておめでとー! 俺までご招待有難う御座います!」


 赤毛の兄妹、金髪の怪我一つない青年が、立っていた。

 千鶴は夢の内容を一気に現実味を帯びた記憶で巡らし、大泣きする。

 それはそれは、深く深く眠った日の、悪夢みたいにしつこくて。

 それでも一緒に戦う皆がいたから、あの悪夢を忘れたくなくて。

 絵本まで書いた。頼が覚えきれないと言っていた量の絵本を書いた。

 全て細かく覚えて、書き終えた今だからこそ、実物に出会えて尚感動するというもの。



 涙はしとしと零れて、リカオンがしゃがみ込んでハンカチと一緒に、ミルクキャンディを渡した。


 無意識の行動だろうけれど、いつだったかミルクキャンディをあげた行動の、お返しに感じられた。

 全て幸せにした、労いとも。


 いつも馴染めなかった、いつも人間じゃなかった。

 シンみたいに絵なら人間じゃなくても良いと諦めがつくのに、下手に手を出せる人間だからこそ悔しかった。

 あのモノクロや、セピア色の空間を思い出したくない。

 それでも、あの時間があったからこそ、大事な思い出だから――。



「ほらぁ、頼が怖いから泣かれたぞ! 大丈夫か、従兄弟殿!」

「あぁ? ……悪かったよ」

「あらあら、ロワ? すみませんわね、この子少し泣き虫ですの」

「うっわ、すっげー美人さん! リカオンちゃんより胸でか……」

『若葉!』

「わっ、兄妹で怒鳴らないでよ-!」


 四人の誰一人、自分の夢の内容を知らないだろうけれど。

 田鎖頼が、別の名前になって、自分との縁を覚えていなくても。

 「注文の多い料理店」の店主に子供が出来、その後生まれた子孫にロワが生まれ変わったのだと皆が知らなくても。

 求めてきた、未来だと皆が判らなくても。


 幸せがやってきたのだと、やっと判る。

 だって、今日は新年であり、何より――。


「ハッピーバースデー!」


 皆がくれた、世界で一番幸せな日。


 この日に生まれた、誕生日をくれて有難う。皆が願ったからきっとこの日に産まれることができた。

 ようやく、人間になれたよ――ロワは心の中で嬉し泣きをする。


 王子様へ憧れる必要は無くなって、女の子らしく髪の毛を伸ばしているリカオン。


 怪我一つ無い上に自然な笑顔、幸せな家族を持っている若葉。


 千鶴がいつも話しかけているから、寂しさを一切感じてないシン。


 ――皆と笑い合う姿、人を愛し愛されたのだと、信念が人間らしくできたのだと判る頼。




「料理を用意してある、さぁパーティーをしよう!」


 皆で温かい食べ物を食べれば、仲間の証。


 早く仲間になりたい。

 今日という日が、何とも眩しく感じて、千鶴は皆へ笑いかけて頼の手とリカオンの手を引っ張った。



「従兄弟殿、名前を聞いてなかったね」

「オレは――……」



 さぁ、どの名前を名乗ろう、沢山候補があるぞ――とわくわくしている顔を親に見られて千鶴は小さく笑った。

 父親の顔が、一瞬兎とダブってから兎の面影が消えたのは、気のせいではないはず。

 もうあの兎の面影を見ることは、ないだろう。



――終

長かった……!!

最後まで読んでくださり有難う御座いました。

この作品は、一度没にした作品のキャラを全員登場させて執筆したものでした。

読んでくださった方は、没にした作品ですと「頼が無敵すぎる」ということで、

ひたすらに頼を虐げる話になってしまいました。

兎に角、頼の言葉通りの未来にならないようにと心がけて書いた作品です。

この作品は二年越し?一年越し?で時間をかけて執筆した分、相当なボリュームになりました。

最初は前編、後編と分ける予定だったのですが、それですと幕間の頼視点の話が宙ぶらりんになりそうな予感がしたので、総て繋げました。

最後まで読んでくださる方は、相当なお時間かけて読んでくださってるのだと思います。

貴重なお時間でこの作品を選んで頂き、誠に有難う御座います。





それでは、また次の物語でお会いしましょう。

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