世界が変わる一言(改)
「本当に行ってしまうのかい?」
「うん、残念だ、おやつも持って行けないなんて」
「……自ら、戦いに行くなんてね」
親兎は傍らで肩を竦めた、アリスが子兎の衣服を正してこつんと額を合わせる。
「ヨダカに選択肢を与えるということは、今の貴方が消えてしまう意味を持っている……本当に行ってしまうのね?」
「うん、頼に挫折を教えてくる。そうしないと、全てハッピーエンドになる未来がこないことになる……これはオレの役目だ」
「……不思議だね。何度もこの体験を繰り返している……せめて何処かで、誰かが宇宙を変えるような変化をすれば、こうやって我が子とお別れする未来もこないだろうに」
「……変化してきているよ、オレも、皆も。お袋がいる、それがきっと、最後である証。だから、これを最後にきっと何かが変わる、その為に頼に挫折を教えてくる」
千歳はへら、と笑いかけて傍にいる若葉とリカオンへ視線を向ける。
「お前らはきてはいけない、ここから先は一般人は禁止だ」
「……未来は、変わるかな。君がいつか消えなくなる未来はやってくるかな……ッ」
リカオンが今まで泣いていたのか眼を真っ赤にさせて、声をがらがらにしたまま問いかけてくる。
千歳は、一回リカオンに抱きついて、想いを込める。
言葉で伝えるには余りにも安っぽい想いで、行動したほうが伝わる予感がしたから。
千歳は、大きな古時計に触れて、時間移動していく――頼が顔を押さえて泣いている。赤い沼のようにぐちゃぐちゃのカーペットへ膝が埋まっている。傍に死体がいくつも転がっている。
近くにスクルドがいるのは確実だ、さぁ頼に許しを与えて、挫折を覚えて貰わないと――。
「ヨダカ、貴方にチャンスをあげる。全てやり直しできるチャンスをあげるわ、私はスクルド。貴方に未来を与えられるの」
「……――やり直し……?」
「貴方がお爺さんになるほどの時間を私にくれるなら、その分やり直せるスタート地点をあげる」
「……そうか」
思ったより、時間移動を早まってしまったようだ。
甘受する前の遣り取りを目にしてしまう。
そうか、こうして何もかも甘受するようになるのか、と千歳が姿を現さず見守っていると、思わぬ事態が起きた。
「これは、オレの過ちだ。間違いはやり直せない。人の命をスタートから何度も繰り返すなんて、ゲームみたいで駄目だ。オレは、この現実を受け入れる……受け入れてこれからこの屋敷で一人注文の多い料理店の店主として生きる」
時が止まった感覚だ――ぎらりとした頼の眼差しだけが、現実味を帯びている。
「……またかっこつけ? 心にも思ってない言葉を言うのは……」
「いや、心から思う。お前が胡散臭くて、どう見ても信じられないな――オレは、店主の跡継ぎでもあるがヨダカなんだ。ヨダカがどうして星になれるか、知ってるか?」
「……何もかも諦めたからでしょ、貴方のように」
「……――世界に絶望しても、皆に嫌われても、人に受け入れられなくても、この地球を見守りたいくらい地球を愛していたからだ。この世界への愛を悟ったんだ。皆に受け入れられなかったよ、オレは。でも、やり直して『受け入れられるように未来を変える』っていうのは、根本的な解決にならない……だから、オレは皆が死んだのを受け入れて、この屋敷で暮らすよ」
――何度も、何度も、頼が人形のようだから特別な者を持つべきだと覚えさせ、千歳が消える未来になっていた。
――頼に挫折を覚えさせる為の時空に現れたロワは、何もかも解決した後の千歳だったのだ。
――だから、千歳は頼に挫折を与えるのは大事だと思って、与えようとしていた。
……宇宙を変えるくらいの異変だ。
たった一つの頼の意思が、何もかも時空を繋がらなくする大きな異変だ。
千歳は思わず、ぽかんとしてしまった。
きっと、今、この瞬間にあの未来はなくなった。
一気に年を、一秒だけで取ってしまうディースが存在する未来はなくなった。
寂しいけれど、ディースとの因縁も終わった。
全てをハッピーエンドにしたのだ、完遂したのだ。
「思い通りにいかないのが、人生ってやつだ。だから失せな、胡散臭い神様」
――成る程、言うとおりだ、と千歳は頷いた。
これより先は、誰も知らない世界。誰がどうなるか判らない未来。いや、未来という遠い先の世界がなくなった。
ずっと実感し続けるのは「現在」という時刻で、「未来」なんて一瞬で「現実」へと変わってしまう世界だ。
千歳は、スクルドが消えた頃に思わず姿を現して、頼と視線が絡む。
「誰だ、テメェ」
「――……初め、まして」
こんな心が躍る初めましては、いつぶりだろうか。
「初めまして」
もうこの世界で、誰が何と言おうと、頼こそが輝ける星である。
いつだったかシリウスとヨダカは違うのだと、リカオンが語っていた時空もある。
……今、その意味が分かった気がする。
こんなにも、小さな意思で、こんなにも、大きな輝ける意思をついぞ見た覚えはない。
わくわくする――これが、生きる、ということ?
心臓が五月蠅い――神様でさえ思い通りにならないこの男の作り出す未来に、ほんの少し期待した千歳は確信した。
(未来は、無理矢理他者が変えずとも人の意思で変わる――のだな)
これが本来の意味での、救いなのかもしれない。
人本来の力でもっての解決――そこには、神の意志や、呪いや、誰かの仲裁などなく。
自分だけの力だけでの、納得、受諾、改善。
千歳の巡り続ける因果が終わり、それでも時刻は動き続ける。
もう、時計は要らない――千歳は、時計と友達であるのを止めた。
目の前にいる人は、自分の知っている頼ではない、同じ存在として見てはいけない。
この人は、何から何まで別人なのだ――だけど、だけどどうしても言わせて欲しい。
「なぁ! 友達になりたい、どうすればいい!」
「はぁ? 変な奴」
だって、君と遊びたいんだから。
未来や過去のしがらみなどなく、外で一緒に遊びたいから、だから友達になってくれとどう言葉を尽くせばいいのだろうと千歳は必死だった。
それには、まず名乗らないと。
「オレの名前は――何だろう! 何だろうな!」
「……名前ねぇのか?」
「いや、あるのだが沢山ありすぎて。何より、この世界での名前は今のお前には似つかわしくない、オレはもう王ではない、一般人だ」
「よく判んねぇや。じゃあお前が好きな名前でも名乗れば?」
「……それならば、オレは……」
グルマンとでも名乗ろうか。
大食漢……何度も時間を超えるために、時計を食べてきた子兎には、相応しい名前ではなかろうか。
それに、家族との食事を覚えたこの子兎には……とても大事な名前ではないだろうか。
嗚呼、この身体が透けていく――遭ってはいけない存在となるからだ。
頼が驚いて、千歳を見つめている。
「どうして――」
「オレは、不要となったからだ。とても、嬉しい、さよならだ」
「……何となく、だけど、お前には『またな』って言いたい」
頼が頬を掻いてから、千歳へ混乱しながら声をかけてきた。
頼の混乱も、頼の言葉も嘘では無いし、何かを悟っているわけではないが――千歳は心から破顔した。
改稿しました。