ドッペルゲンガー
船はディースの資産の中に入ってる船で、ディースが運転してきていたので、あっさりと皆で島へ戻れた。
島へ戻る前に、作戦を若葉とリカオンに確認し、リトルには梨花を連れてきて貰った。
病院に入院していたのを抜け出してきた女の子は、オレがリカオンと時間旅行したときよりは幼いが作戦を伝えてもしっかりとしていた。
躊躇いもせず、リトルに向かって頷いた梨花。
「私はリトルの傍にいられて、お祖父様が認めてくださるのなら何でもします」
「……梨花」
「お祖父様、何も仰らないで。貴方を憎んでないわけでもないし、許したつもりもないです。私は、若い貴方が私達を餌食にしようと嗤ったあの瞬間を忘れていない。貴方はリトルに一生残る傷を与えた、それがどうしても許せない。けれど、貴方がリトルの為に必死で動いてくれるというのが私には一番嬉しい。貴方の一番がリトルとなって、幸せを考えてくれた事実が何よりもの幸せだと思うようにしました――」
梨花はか細い笑顔を見せたけれど、はっきりとした言葉でディースの受け入れを拒否した。
だがディースはそれも想定内なのか、船への案内を若葉に任せて、皆で船に乗り込んだ。
オレと対面すると梨花はほんの少し嬉しそうに笑っていた。
「ようやく会えた、小さなウサギさん」
「そうか……お前もミチルだから、未来過去を見てオレを知っているのだな」
「うん、貴方が必死で頑張ってくれたの知っているわ。こうなる未来は判らなかったけれど、でもいいわね、見ていない未来が訪れるのって不思議。どんな事態が起こるのか、わくわくしちゃうわ」
船の中でオレと梨花は二言三言交わして、お互いにどれだけわくわくしているのか理解しあい、二人で笑うとリトルが拗ねたのでそれもまた笑えた。
島に着いたところで、島の人々が急な雪による対応で、じたばたしていた。
何せ、不吉を呼ぶ雪だ――怯えて当然だろう。
ディースは島の人の注意をそらしてくれて、その隙に皆で山に向かう。
山小屋にはシン姫の絵画があるから、島人を若葉が集めて、集めたらリトル達が絵の中に入るところを見せれば島の人々は怯えるだろう。
リカオンと若葉は「任せろ!」と言って、人里に降りていった。
リトルは梨花へ少しだけ浮かれながら、話しかけている。
「雪の日は不吉だっていう思い込みが、島の人には根付いているから、やりやすいはずだ」
「そうね……絵の中に逃げ込む、貴方の理想通りになったわね」
梨花の言葉に驚いて、オレはリトルへ振り返る。
リトルは、少しだけ梨花と手を繋いでいる今を、照れくさそうにしながら教えてくれた。
「昔祖父さんに千歳の話を聞いてから、ずっと考えていたんだ、絵の中に逃げ込めないかって。そんな未来見れなかったから、叶うわけないってずっと諦めてた。ずっと幼い頃からの夢だったんだ――」
「見ていろ、他でもないお前達の願いだ。すぐに叶えてやる」
オレはにっと笑いかけて、絵を外す作業に入る。
三人で絵を外へ持ち運び、オレが絵を支える。オレの背丈は小さいから、リトルが不安そうだったけれど、これぐらいはさせてほしい。
――やがて、若葉とリカオンがばたばたと走って、此方へやってくる姿が見えた。
ディースは島の人々を先導できる地位だ――だって、息子が死んだとはいえ網元だったのだから。
ディースの「待て!」という言葉を浴びながら、若葉とリカオンは島の人々に追いかけられてやってくる。
島の人がオレに気づく――。
「白だ! 白がいるぞ!」
――嗚呼、そうだな。オレは記憶がないままこの島を出歩いていたときは、白だ白だと騒がれて、石を投げられていた。
白だ、と怯えるのは、雪を意味するからだったのか、と納得がいった。
なら尚更この日に相応しいと、オレは小さく嗤う。
オレは、懐にある懐中時計を手に取る――さぁ、久々だ、きちんと動くんだよ。
時計の蓋をぱかんとあけると、リカオンと若葉以外は灰色になる。
若葉はオレの親父から時計の力を貰ったのだろう、だからこの瞬間に動くことができる。
――こうやった世界でまた会うのは、久しぶりだな。
「じゃあ私達は、先に絵に入っているから。きっかけができたら、君もおいで。絵から出て行く時を私が見計らうよ、私はこの島の人には関係ない人だ。誰もリカオンなんて覚えてないさ」
「その点俺は時計作ったから、若い頃もばーっちし覚えられてるんだよねぇ、便利ぃ!」
げらげらと二人は順番に絵の中へ飛び込んで、絵は波紋を大きく揺らしながらも二人を受け入れる。若葉は生前なら受け入れなかっただろうけれど、オレの親父に関わって、物語の血を貰って蘇ったから絵に入れる。死んだのに蘇るなんて、英雄伝にでもありそうじゃないか。
――他の人から見れば、瞬いた瞬間に若葉とリカオンが消えていることになる。
衝撃だろう、それじゃあもっと衝撃を与えよう。
――時計の蓋を閉めると、世界は息吹を取り戻す。
「若葉さんがいない!?」
「赤い女もいなくなったぞ!?」
島の人々はざわついて、オレの持つ絵に注目する――やがて、罵声を浴びせてくる。
「化け物」「お前なんていなければ」「あれは幽霊だったのか!?」「いや違う、あいつの作ったまやかしだ!」――数々の動揺が伝わる。
オレは視線で、リトルに合図する――リトルが島の人にばれないように頷く。
「あの赤い女は、オレのドッペルゲンガーだよ。よく似ていただろ?」
「リトル、何を言うんだ?! そりゃ確かに似ていたけれど――」
「ドッペルゲンガーなら捕まえにいかないとな、なぁマイディア――ついてきてくれ」
「ええ、勿論よ、リトル」
昔リカオンが憧れた王子様と見間違えてもおかしくない、気位が高く、優雅な動作で梨花をエスコートするリトル。
リトルは、梨花を先に絵の中へ逃がす――島の人々が叫ぶ。
叫び声に、リトルは振り向いて、不穏な笑顔を島の人々へ向けた――。
「やっぱり雪って不吉だよなァ、結ばれなかった恋人同士が心中するんだから……」
島の人々は声を失い、怯えてそれぞれ身が固まっている――リトルは満足したのか、絵の中へそのまま入ってく。
「白だ――白のせいだ! リトルと白の関わりが深かったからだ、お前らだって見かけただろ、一緒にいるところ!」
「今までは、田鎖さんがいたから我慢していたけど、もう許せないわ……」
「リトルを返せ!」
「ほう、オレのせいだというのか。面白い持論だな。梨花を返せ、と言わないのも面白い。オレが持つ絵だから不吉、なんだな。それなら聞くが、お前達はこれがオレの復讐だと考えんのか? お前達は出会う度に、丁寧に石を投げてくれていた。とても痛かったよ、有難う」
にっこり笑いかけるだけで、悲鳴があがるって酷いな――これも雪のせいにしちゃっていいよな?
オレは炭で出来たコーヒーを飲み込むような、苦さと胸くそ悪さを抱いて、島の人々を睨み付ける。
「そうやって、怯えて動けなくなり続ければいい。絵を燃やしたら、お前達全員をこの世から攫おう。覚えておけ、オレはいつも監視している――この絵の中で。絵を粗末に扱ったら、判るな?」
二本指を立てて、自分の瞳に向けてから、一本指にして皆へ指先を向ける。
代表格であるディースへ視線を向ければ、ディースは今にも演技したオレを褒めそうだったから、とっとと絵の中へ入った。ディースは本当、オレに甘い。
絵の中はやっぱり、水底に繋がっていて、一番底では口をあんぐりと開けたシンがオレを待っていた。
「貴方までくるの? 今日は懐かしい顔ぶれが、まぁ揃いますこと。ただ、あたくしを不吉な絵画に仕立て上げたことは、褒めた出来事じゃありませんわね?」
シンはぷりぷりと怒っていたから、やっぱり女性らしい可愛い女の子のままなんだなって笑いたくなったので、大声で笑った。
次の章でラストです。