正しい魔法を使おう
「オレは未来や過去を見てきた、沢山。未来が変わらないかと願って、何度も訪れた。琥珀さんの言ってた読者って奴だ、オレは。絶対に何も干渉できない、物語を傍観するだけの人物――何度も終わらない物語に、絶望してきた。その上オレは、祖父さんが若い頃の物語に関われないときた。祖父さんの血を引いているからか、別次元の未来も見えたりしたし、過去にも行けた。……若葉さんが生き返る未来なんて、見た覚えないんだ。それだけ、アンタの未来を変えたい思いはイレギュラーだったんだろうな」
「……だって、オレは何もできないのは嫌だったんだ。オレだけ、オレだけが何も苦労を知らない」
オレが首を振って言葉を続けようとすると、リトルがシチューをもう一口食べてから、オレに別のスプーンを差し出した。
……同じ物を食べる、敵じゃないんだと示したいのだろうか。
行動が、オレを許すと告げていたが、気恥ずかしいのかリトルは目をそらした。
「アンタが何も苦労を知らないなんて誰にも言わせねぇよ」
リトルは再会したときに吐いた暴言を思い出したのか、苦い顔をして俯いてから、真っ直ぐオレを見つめ、「あれは違うんだ」と主張したが恐らく自分でも何が違うのか判らないのだろう。苦い表情のままだ。
「戻ってきた時にはああ言ったがよ、アンタは何度もばーさんとチャレンジして、未来を変えていこうとしていた。
本気の行動はしていたんだ。知ってるんだ、それは。
――若葉さんを励ましてリンゴを食う場面も、オレは見てたよ。ただ……オレは、不満だったんだ。
オレが何かすれば変わる未来だったらよかったのに、オレには何もできない。
祖父さんとアンタを会わせる、それだけの役目。……歯痒くて、どうにかしたくて、あのとき。
アンタが現代に戻ってきた時、ぶち切れちまったんだ。
オレの願いを、アンタなら叶えられるはずだって……無性に悲しくなって。
何で頑張ってるアンタも、オレも誰一人報われないんだ?
理不尽に感じたんだ、感情が抑えられなかった……八つ当たりだった、八つ当たりだけどお前を沢山傷つけた。
祖父さんがオレに付けた傷みたいに、和らげるのはできても、絶対に消えない傷だ。
感情の起伏が滅多にないお前があれだけ叫び泣いたんだ、どれだけ傷つけたか……自覚してるつもりだ」
オレの表情を窺いながら、慎重に今度こそ傷つけないようにと細心の注意を払って、リトルは語りかけていた。
徐々に声は小さくなっていき、最後は呟く音量だったから、リビングで騒いでるリカオンたちの声にも負けそうだった。
リトルは、後悔しているわけじゃないが、それでも傷つけるのは不本意だったと言いたいのだろう。
……見ていて何もできないもどかしさは、オレも知ってる。
アリスと勝負して負けた時に、味わった苦痛だ――オレはリトルから渡されたスプーンを手にして、海老の塊を口にした。
クリームシチューの味が染みていて、マイルドで柔らかな歯ごたえだ。
じんわりと暖まっていくのが、今の状況と酷似していて、オレは皆が平和にとうとうわかり合えたんだという実感が誇らしかった。
今までは、リトルが蚊帳の外だった――悲しい生まれを叫び続けるしかないリトルに、気づかなかった。
でも、今はリトルの悩みを解決しようって、皆で動ける。
平穏っていうのは、きっとこういう瞬間を言うんだろう――。
「リトル、お前に出会えて良かったとオレは思う――ディースはな、オレには我が儘や自己主張をしたことがなかった。最期のときだけだ。願いがあっても、オレには隠していた。だがお前は違う、お前はオレへ願いがあるんだって叫んだし、叶えて貰おうと必死だった。お前たち一族には、願いがあって欲しいオレにはとても嬉しいことなんだ。お前とディースは違うのだと、安心して欲しい――お前の願いを叶えられて嬉しいよ」
「……オレさぁ、昔話で千歳の話を聞いても、幼い頃はそこまで感情移入しなかったし、オレの願いのが大事だって絶対的に思ってた。だから、アンタが千歳じゃないほうがイイって思って、千鶴って名付けたし。誰だって本当は、自分本位でいたいはずだって。でも、なんか祖父さんが必死でアンタを守ろうとした理由が分かった気がする――アンタ究極に献身的すぎる、無防備だ。もっと悪い奴には警戒しろ!」
リトルがげらげら笑ったところで、リカオンがひょいと顔を覗かせる。
リカオンは笑い合うオレ達を見て不思議そうだったが、仲良くしてるのが嬉しいのか、にっこり笑って近寄ってきた。
リトルはぶち切れた姿を見せた手前、恥ずかしそうに視線をずらしていたが、リカオンがリトルにぎゅーっと抱きついて頬にキスした。
「嗚呼、さようならがきたね。君には世話になった、何から何まで……私達の過去まで背負わせてすまなかった」
「その話を繰り返すと、四人分聞かされそうだ。シン姫さん入れれば、五人分か。もう千歳から聞いたから、その話はするなって祖父さん達にも言っておいて」
リトルはあっさりとした態度で肩をすくめて、リカオンに笑いかけた。
リカオンはリトルの面持ちにむすっとして、もう一度力一杯抱きしめた。リトルがリカオンの背中を叩いて、苦しさを訴えるがリカオンは無視している。
「リトル、寂しいよ! 君がいなくなるのはほんとは寂しいんだよ! 君が幸せになる為でも、私は寂しいよ! 君がはいはいした瞬間を覚えてる、生まれて初めて歩いた君と最初にハイタッチしたのはこの私だ! 君のおむつの世話だって!!」
「ばーさんのそういうところは安心する、ばーさんは綺麗事を言い過ぎないから」
「そうやってすぐ茶化す! 君のいけないところだ! いいかい、どうしても忘れて欲しくない出来事があるんだ、聞いてくれ。私たちが君を愛してるということ、君の幸せを願っていること、いつでも君の味方になるということ。それが私たち保護者の意見だ、いいね、忘れないでね。梨花にも伝えてくれよ。でないと、怒るからね。三つのYOUだよ」
「……ばーさん、いい加減苦しいから! 離れて!」
「知ってる、嫌がらせだよ」
リカオンはリトルをぎゅううと抱きしめながら、子供の悪戯な笑みを浮かべていた。
リトルをぱっと離したら、今度はオレをぎゅうっと抱きしめる。
オレには何も伝える言葉はないのだろうけど、リトルと同じで三つのYOUをオレにも考えて欲しいと考えているのだろうと、抱きしめられて判った。
「君たちは自慢の子だ! さぁ、作戦を始めるよ、こっちの部屋へくるんだ!」
リカオンはオレが苦しさに背中をばんばん叩くと、あっさり解いて、手を繋いでリビングへ引っ張った。
……みんなで遊ぶ最後の時間なんだ、と少し寂しくなった。
リトルやディース達と顔を並べて、あれは違う、これは違うと話し合う、最初で最後の時。
――シン姫の絵画、か……。
絵の中は冷たい水底だったけれど、梨花とリトルの二人が向かったらきっと賑やかになってシン姫も喜ぶだろうな。
魔法使いがようやくシンデレラを幸せにする魔法を覚えたんだ、張り切って頑張って貰わないとな。