リトルの威嚇
皆で行くとばれるから、ディースにリトルをリカオンの部屋へ連れてきて貰った。
リトルはむすっとした面持ちで、拗ねたような表情だ。
オレと目が合うと、居心地悪そうにすぐに視線を反らされて、オレはリトルへ歩み寄る。
「リトル、お前と梨花を逃がすことにした、シン姫の絵の中へ」
オレがゆっくりと告げると、リトルはばっとオレへ顔を向けてから、背後にいるディースへ振り返る。
「はぁ?」
ディースへ信じられない物を見る声を向けて、ディースをまじまじと見つめている。
ディースはリトルへそっと声を掛けようとした、今生の別れだと言わんばかりに、切ない寂しさが伝わってくる。
その寂しさから、本気だと理解したのか、リトルはディースからばっと一歩離れる。
「今更! 祖父さんさぁ、今更なんだよ! 何、オレの気持ちを知ったから今更、歩み寄って家族ごっこでもしようと思った? 祖父さんの罪悪感を誤魔化す為に」
「……リトル」
「傷ついた、祖父さん? でもオレはそれよりも前から傷ついてるんだ、生まれたときから、オレが何のために生まれたのかって意味があることにな。普通の人だったら、生まれた理由を知りたがるかもしれないけど、オレは知りたくなかった。全部、その子兎のためだったなんて知りたくなかった。そのせいで……オレは、出会っちゃいけない人と出会ったんだ、惹かれてしまったんだ……梨花に」
「……リトル、お前はいつから……」
「チルチルの前任者、琥珀さんと話して、色々知っていった。悩むオレを励まして元気づけてくれたのは、梨花と若葉さんだけだ。若葉さんはオレを置いて逝っちゃうし、梨花なんて病の塊みたいな体なのに……オレを必死に、元気にしようとする。惚れるのは、自然だろ。……祖父さん、一つ聞くが、じゃあアンタは何をしてくれた?」
片笑むリトルは、オレへ振り返り、オレを思い切り睨み付けて、時計台で放った言葉をもう一度告げた。
「オレの大事なもん、全て奪ってきたくせに――親父も、梨花も! 大嫌いだ、アンタら。祖父さんも、千歳も、ばーさんも大嫌いだ……梨花が病に伏せっている理由を知ろうともしなかっただろ、普通の人間だと思って。あいつ、半分物語だから、体が現実に適応しねぇんだよ……どんな医者でも……治せない」
「じゃあ、尚更、絵の中に行ったほうがいいじゃん」
若葉が牛乳を飲みながら、リビングへ現れる。
若葉の姿を見ると、リトルは少しだけ鋭利な瞳を和らげたが、言葉を撤回するつもりはないようだ。
若葉は、ぽんぽんとリトルの頭を撫でてからぎゅっと抱きしめて、リトルへ言葉をかける。
「落ち着け、シチュー食うか? リカオンちゃんの手作りだ、俺が作ったのより美味しくなってるよ」
「……若葉さん……あのさあ、今そんな場合じゃ……」
「よちよち、怖いんでちゅかー?」
「やめろ! こっちは真剣に……」
「俺もだよ。温かいもん食べようぜ、んで、腹割って話し合おう。そこの子兎がさ、俺に最初に教えてくれたんだ、皆で同じ食べ物を食べれば解り合えるって。敵じゃない――敵じゃあないんだ、ここの人全員。もう誰もアンタを責めようと思わないよ、リトル。お前もさ、家族なんだよ、お前は大事な大事な家族なんだよ。頼ちゃんの孫だからじゃない、ずっと同じもん食べてきたから家族なんだよ。血肉が俺らと同じなんだ。そんな牙剥くなよ、寂しいじゃん。怯えなくていいんだよ?」
若葉の言葉に、リトルはきっと睨み付けるが、若葉は物ともしない。
振りほどこうとしても、子泣き爺みたいに決して離れようとしない。
リトルの刺々しい威嚇が、徐々に行動したり発言したから発散できたみたいで、和らぐ。
「……っ若葉、さん……――ほんと、何でアンタ生き返ったの。アンタさえいなけりゃ……」
微震するリトルへ、若葉は、「すごいでしょー」と胸をそらして、えっへんと威張っている。
そんな巫山戯た態度が、本当に若葉らしくて、何だか感動してしまう。
巫山戯た態度の若葉が一番リトルにとって、理解ある人なんだろうなっていうのが伝わってくる。
……若葉がいなかったら誰もリトルが、てんぱってディースに酷い言葉を向けているんだって気づかなかっただろうな。
オレも一瞬、リトルが怖く感じてしまったんだ――でも、リトルだって怖くて、喚いたんだよな……?
急に自分にスポットライトが当たったから、萎縮してるんだよな?
若葉は泣きそうなリトルの頭を我が子のように撫でて、最後に一回力強く抱きしめる。リトルはその力強さに悲鳴をあげて、若葉は笑って離した。ディースに、「ほら」と声かける。
「こうだよ、こう! こうやって、抱きしめる! これが家族のスキンシップ、頼ちゃんやってないでしょ、駄目だよそういうの! 言わなくても伝わるなんて、都市伝説並の妄想だからね!? スキンシップ大事だよ!?」
「……若葉、本当に、君は私にできない行為を平然とやってのける。君を縛るものはないんだね」
「君にできないことができるのは、俺の思想全てが一般的すぎるからだよ。君は思想が全て特殊すぎた」
げらげらと大笑いして、若葉はリトルの背中を押して、ディースの腕の中へ押し込む。
リトルは何か反抗しようとしていたが、ディースの必死な面持ちを見つめると、家族の情が少しはあるのか、抵抗するのをやめた。
ただじっとしていて、ディースへ言葉を投げかける。