名無しの力は健在
月光が窓から注がれて、綺麗に部屋を照らす。
部屋に電気をつける気になれなかったリカオンは美しさに敏感だったのかもしれない。
今、月光を受ける皆の構図がどこか神々しささえ感じる神秘さだからだ。
「アンタさ、正論全部受け入れる人しか許さないの? アンタの望みを叶える人しか要らないの? それならロボット相手にでもしてろよ、勝手に未来にでも行ってろよ」
「……リトルから聞いたが、ちーちゃんはとんでもないボーナスを貰ったもんだ。若い凛々しい姿で羨ましいよ、若葉」
「そんなのどうでもいいし、俺が生き返ったのは多分、アンタら止めるためだって思ったし。リカオンちゃんは頼ちゃんに甘いし、千歳もアンタに甘いから何も言えなくなるんだ、アンタが絶対的に間違ってるって思っても。俺? 言えますとも、何たって俺は君とかつて本気で敵対したんだぜ? 懐かしいねェ、命の遣り取り。親兎の所為で、俺、全部見たんだ。頼ちゃんがどれだけ死んだのかも、リカオンちゃんや千歳が頑張ったのかも、自分の蛮行も」
ディースの穏やかな微笑に、若葉は鼻ではっと嘲笑する。
剣呑な雰囲気に、オレは二人を見比べたが、若葉がオレに近づきオレの背中をばしんと叩く。
「アンタ、千歳を大事にしたいんだろ? あの日間に合わなかったのを後悔していたじゃんか、自分だけって――家族なのにって。そう、〝家族〟を大事にしたいって」
「――懐かしい話をするね」
いつまでも大人ぶって遠い場所から話しかけるようなディースに、若葉は舌打ちした。
「おい、いつまで達観してますって皮被るつもりだよ。アンタ本当は、混乱してるくせに。いつまでこの子にしがみついてるつもりだ、いつまで目の前の人を大事にしないつもりだ。何で、どうして、アシュリーが側にいるから千歳は安心な筈なのに、リトルを選ばない? 今、たった一人ぼっちで理解されずに部屋にいるだろうあいつはどうでもいいのかよ、アンタと同じ名前を持つアンタの孫を! 今度は間に合うじゃん、もうどうして寂しいのか判るのに、また自ら間に合わなくさせるつもりかよ!?」
「……若葉……」
リカオンが遠慮がちに止めようとしたが、そのまま止めなかった。
若葉はリカオンの視線を受けて、リカオンを見つめ、止めないのを見届けるとディースを睨み直す。
「何度後悔を繰り返すつもりだ! アンタの大事って何なの、理想って何なの!? アンタにとってアンタに尽くしてくれた人以外はどうでもいいの!? 自分の家族すらも!? アンタにとって〝唯一〟って許してくれた人だけなの!? だとしたら、とんでもなく楽な人生だよね!」
「……若葉、大声を出さないでくれ」
「何気取ってンだよ! もっと血眼になるまで、千歳が家族だからって必死になってたアンタはどこにいったんだよ! あの情熱は何処へ行った!? 本物の家族にそれができないって何なの?! もっと、必死になれよ……そんなんだから、リトルが皆に理解されないんじゃないか! 気づいてる? あいつの周りって、あいつの機嫌窺いする人ばっかだぜ?! 心底大事に思ってるのは、梨花ちゃんだけだよ?!」
若葉がディースの胸に、どんと、拳を置いて必死に説き伏せようとしている。
いつだったか、聞いたことがある。拳を交わせば、お互いを理解し合える物語があるのだと。その物語のように、若葉はディースへ挑む眼差しだった。
「気取ってなんかいない! 必死だよ、今だって……! ……――若葉、君の声は今の私には元気すぎる」
ディースが溜息をついてから、何か言いたげに思案しているのを見つめ、オレは……横から口を出した。
「ディース。リトルを……リトルを大事にしてくれ。オレや若葉は、過去の者なんだ……お前の〝現在〟は、リトルだ……お前はもう一度理想を考えるべきだ。お前にとっての理想は何だ? オレがディースを助けたから、ディースにとってはオレが大事だったのか? なら、お前にとってのリトルとは何だ?」
「ちーちゃん……」