ミルクパズルのピース
若葉をリカオンの部屋で寝かせて、リトルが家へ帰っていった。
オレはリカオンについていった、リトルやディースと顔を合わせるのが気まずかったからだ。
何より、あれだけオレを憎んでいたリトルを知ったのだし――。
リビングでオレが膝を抱えて、ソファーに座っていると、リカオンは目の前にクリームシチューを置いた。
シチュー……イヴの日、頑張って若葉と作ったのにクリームシチューもチキンの味噌漬けも食べられなかった。
その残念さを察したように、あの日と同じ材料のシチューだ。
「お食べ。……暖かい物を食べるといいよ、落ち着くから。まずは、ええと、その。何から言おう……有難う、からかな」
リカオンは対面する位置の椅子に座り、へらりと人懐こい笑みを見せた。
笑みを見せて、若葉が寝ているだろう部屋を指さす。
若葉の蘇りが、かなり想定外だったらしく、喜んでいた。
だがすぐにしゅんとして、眉間を抑えながら、オレに謝罪した。
「すまない。傍にいたのに、リトルがあれだけの闇を抱えているのは知らなかった……梨花への想いの強さも。私はいつも無神経で、無配慮だ」
「梨花……」
「ほら、時間旅行で会った病院の女の子だよ。あの子はね、リトルの妹なんだ……。リトルは梨花へ恋した、梨花もリトルと一緒にいたいと願った。大人達は、二人を当然よしとしなかった、兄妹だからね。梨花は若葉の子孫に引き取られて……、問派として存在した。リトルが願いたかったのって、……多分それ関連じゃないかな」
「……リカオン達は、物語は一つだったか?」
「……いいや。ヨダカに、料理店、あと他にも別次元の私は体験してるみたいだ」
「……オレは、リトルの現状を知らないが、もしかして、『ロミオとジュリエット』もじゃないだろうか……」
「……――否定できないね。ロミオ達は、血は繋がってないけれど。周囲は、梨花とリトルを引き離したがっている」
やれやれと肩を竦めて、目頭をリカオンは押さえた。
目頭を押さえて、目を数秒瞑って、息を盛大についた。
その頃に、インターフォンの音が何度も聞こえた、リカオンはゆっくりとした動作で扉を開ける。
「頼?!」
リカオンの声が大きく跳ねる。
ディースがリカオンを押しのけて、リビングへ現れる。
ディースに会うと、オレは懐かしさがこみ上げるが、先ほどのリトルの怒りを思い出して、どうすればいいか判らなかった。
「ちーちゃん、帰ろう」
「頼、一晩くらい私の家にいたっていいだろう?」
「お前の家に泊めたから、時間旅行なんてちーちゃんが覚えたんだろう? 可哀想に、罪の意識に苛まれてる瞳をしているよ」
ディースの視線が一度リカオンに向かった時に、どきりとした。
違う、違うんだ。リカオンを責めないでほしい。
縛り付けたのはオレと、親父だから――お前達は何一つ悪くないのだと。
「あの子が素直にちーちゃんを連れてくるのは、おかしいと思ったんだ……ちーちゃん、帰ろう。リトルは勘当する、あの家から追い出すよ……」
「正気かい!?」
「待て! やめろ!」
オレとリカオンの驚きが同時に響く。
オレは立ち上がり、ディースに歩み寄る。ディースの服を掴んで、俯く。
「リトルは何も悪くない、リトルはただ生まれただけだ。生まれる事実ですら、罪だというのか?」
「君が悲しむ原因となるのなら」
「ッディース!!」
――オレは、ぐらぐらと、足下が煮えるような感覚がした。
何かが間違ってる、パズルのピースが違うのに、ミルクパズルだからどのピースか判らないで悩んでいるような。
かっとして、オレはディースを睨み付けたのに、ディースはじっと見下ろしていた。
リカオンはどうしよう、とはらはらしている。
普段のディースとオレを知ってる人からすれば、一触即発に見えるだろう。
ディースはオレのために嘘をつき続けると言った、オレが幸せになるのなら。
もしかして、頼は――本当はリトルに何かしら思っていても、オレに嘘を突き通すため、言い切ってるんじゃないかって気づいた。
気づいて指摘しても、また嘘をつかれるだけで、そんなのどうしたらいいか判らない。
言葉を失っていた、誰もが間違いだと判っていたのに。
だから、きっと、あの人が声をかけてくれた。
「そんなんだから、アンタのやり方は間違ってるって言うんだよ、頼ちゃん」
若葉が気怠げに起きて、部屋から抜け出て、リビングにそっとやってきた。